理事長メッセージ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

理事長メッセージ - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】

自由学園について

理事長メッセージ

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理事長 市岡 揚一郎

理事長
村山 順吉

学校法人自由学園は、2021年に創立100周年を迎えました。長い間、多くの方に支えられて、生き生きとしたこの学園が続いてきたこと、そして、自由学園の根底にイエス・キリストの支えがあり、雲の柱、火の柱に導かれてここまできたことに心からの感謝を申し上げます。100周年を目前に控えるこのときに、羽仁もと子著作集の『半生を語る』に収められた『自由学園の創立』という一文を読み返してみますと、改めて様々なことがわかってきます。

『自由学園の創立』より
「大きな望みは、明滅しながら長い間に育って来るもののようである。そうして本当の望みは、その間に一人のものが二人のものになり、二人のものが三人のものに、そうしてとうとうこの世の中に実現されて来るもののようである。私の自由学園を創りたい望みも、そうして今の事実になった。」

これは、昭和3年11月に書かれた文章です。創立7年後のものです。続いて次のような一節があるのです。
「新しい学校を創りたいということは、私の家の中でも、十五、六年前には、ただの空想として扱われていた。」
私はここに、発見がありました。15、6年前ということは、自由学園が生まれる9年ほど前の話です。その時に、新しい学校を創りたいということは、ただの空想として扱われていた。ここで羽仁もと子は決して「空想だった」とは言いません。空想として扱われていたと言うのです。
「それでもあのことはこういう風に、このことはどういう風にと、いろいろな機会に話していた。空想だ、空想だといいながら、主人もだんだん本気になった。」

まわりの人間は空想だと言っていたかも知れません。でも、羽仁もと子の中にははっきり自由学園のイメージがあって、それがどんどん発展していく。もし、自由学園が本当に空想の中のものだったら、今日のような発展はしなかったと思います。まだ出現していないけれど、決して空想でなかった自由学園、その土台はどこにあったのでしょうか。最後のところを読んでみます。

「自由学園がもしも私の教育意見の、生きた発表機関であるならば、個人雑誌はその個人と共に死ぬのが当然であるのと同じことであろう。しかし自由学園は一私人の機関ではない。神の国の公器である。神至上主義の生きた団体が、ことに現在の教育の世界に必要であり、それがまた永遠の本当の教育のたましいでなくてはならないために、自由学園は生まれることを許され、存在することを許され、また永く生きなくてはならないのである。」
中略「国も家も人も、めいめい手前勝手な都合や愚痴と競争の気持で生きている旧(ふる)い世界の空気よりは、唯物史観の立場は、より合理的であり厳粛であろう。しかし我らに来る至上命令は、天にいます我らの父なる神からでなくてはならない。」こう記されています。

羽仁もと子は自由学園を創る前に、見えないものに心の目を注いでいたのです。だからこそ、100周年を迎える自由学園の存在の意味は、出現する前も、今までも、今も、これからも、揺るがないのです。

100年を経た私たちの営みは、多くの成果を挙げてきました。それはもちろん素晴らしいことです。しかし、成果にだけ目を奪われた瞬間に、私たちは偶像崇拝になってしまうのです。羽仁もと子は一貫して見えないものに目を注いでいました。一貫してそこから人間を見ていました。だから自由学園が生まれ、私たちも今ここに有ることを許されています。

聖書の中に、日々新たにされるという言葉があります。日々新たにされるのは、私たちが目に見えないものに目を注いだ時だけ起きることです。次の時代を担う子どもたちを育てていく、それが自由学園の使命であり、そのことが昔も今もこれからも揺るぎがないのであるならば、その揺るぎのない中から世の中を見て、自由学園が今一番ふさわしい形で、どのようにさらによい学校となっていくのか、このことをいつも私たちは真剣に考えていかなければならないと考えています。皆さんが預けてくださった子どもたちと共に、保護者である皆さんと共に、さらによい学校にしていきたいと思っています。そして、一心に命を使って社会をよくするために生き抜く人たちを育てていきたいと思います。

次の社会を築いていくのは、今の子どもたちです。私たちは、決して今の社会に役立つ人たちを育てようとしてはいけないのです。学校が社会から遅れるのはそこです。今に生きる子どもたちを今の社会に役立つ人に育てようとする、でもそうやって育てている以上、教育は遅れます。いい例は、私たちと同年代の人達です。優秀な人はみんな当時の一斉授業の中で、一生懸命学んできました。けれど社会に出たらなんといわれたと思いますか。指示待ち人間はいらないと言われたのです。でも非難されるべきは子どもたちではないでしょう。そういうプログラムを作ってきたその時代の大人たちが子どもたちを遅らせてしまったのでしょう。だから私たちは目に見えるものを追い求めてはいけないのです。新しい学校、自由学園が新しくなっていくときに、こういう目に見えるルートがあって、こういう結果があって、こういう設計図があるとは言えないのです。そこを皆さんと一緒に力を注いで、創っていきたいのです。

次の時代がどんな時代なのかは、誰にもわからないのです。それでも命の使いどころをしっかり見定めて、命を存分に活かしていく子どもたちを育てていきたいと思うのです。そういうことに力を使うことが、大人と言われる私たちの大きな責任ではないでしょうか。それができれば、私たちの人生も意味あるものとされるでしょう。

人生は、有限です。生まれたということは、必ず死ぬときがくる。でも私たちは死ぬ時に大きな希望を持って、この世から離れることができるのではないでしょうか。子どもたちが次の世の中を担い、必ずより良いものを目指してくれるから。その時に私たちの命もまた、意味あるものとさせられるのではないでしょうか。

自由学園に共に集い、共にこの教育に力を注ぎ、みんなで子どもたちを育てていく、その時に私たちも一緒に輝かされていく、次の100年、今までの自由学園をさらによい学校にしていきたいと切に願っています。

最後に、ラインホールド・ニーバーの祈りを思い、そのことばをお伝えいたします。
「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ
変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ アーメン」



■プロフィール
2017年4月に理事長に着任する。 当時目白にあった幼児生活団から15年間を自由学園で学び、約半世紀を経て母校に戻った。その間は音楽と教職(未就園児子育て支援センターから大学院までの各段階)に携わる。 常に自分の中の基となるものは子ども時代に自由学園で培われた、物事の本質をできるだけ自由に見ようとする力、難しい環境にあっても周りの状況に耳を傾けながら自分なりの生き方を創造的に摸索する力、そして何よりもイエス・キリストに支えられた自由な感性による生き方と感じている。
自由学園に通う一人ひとりが、その人だからこそ歩める、その人にしか歩めない人生をその人らしく生き抜く、その支えとなる為に全力を尽くす所存。