第12回 刃を研ぐ時間、愛が染みとおる時間/学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

第12回 刃を研ぐ時間、愛が染みとおる時間/学園長ブログ - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】

学園長ブログ

第12回 刃を研ぐ時間、愛が染みとおる時間

第12回 刃を研ぐ時間、愛が染みとおる時間

第12回 刃を研ぐ時間、愛が染みとおる時間

「木が多くていいけど、落ち葉も多くて大変ですね」
今朝、学園長宅前の道を掃いていると、声をかけてくださる方がいました。二言三言、言葉を交わした後、「お近くにお住まいですか」と伺うと、「清瀬です。こちらの学校に、年に二回、包丁研ぎに来てるんですよ」とびっくりする答え。ここ数年、包丁の研ぎをお願いしている中山さんでした。私はお話は伺っていましたが、お会いするのは初めてでした。

食を教育の一つの中心においている自由学園において、調理に使う包丁はこの生活と教育を支える最も重要な道具の一つです。
学校と寮のすべての台所の100本以上の包丁を、すべてお一人で「手研ぎ」で研いでくださっている中山さんは、自由学園の食事と食事作りとを陰で支えてくださっているお一人です。

中山さんのご出身は石川県。ご実家は山中漆器の塗師の家で、中山さんも若い頃に塗師のお仕事をなさっていたとのこと。道具の木ベラを削る小刀研ぎをしていたことが今につながっているとのお話でした。
またナイフなどもご自身で鋼材から作ってこられたそうです。

 

自由学園の台所で使っている包丁は「有次(ありつぐ)」。
京都の刀匠「有次」をルーツとする歴史と由緒あるメーカーの上等のもの。
男子部の東天寮の包丁は、更に高級なものだと伺いました。刃物の歴史も興味深いものでした。

 

 

研ぎには段階的に5種類の砥石を使います。
はじめに刃のこぼれなどがあるときには120番の荒砥で整え、耐水ペーパーで全体を磨いた後に、300、800、1200と砥石を変えながら刃の状態を見ながら丁寧に研ぎ、最後に仕上げとをかける。革を使って刃の返りを磨き落とし、研ぎ上がりです。その一つひとつの工程が大切だそうです。

新聞紙を使い研ぎあがった包丁の試し切りをすると、刃が吸い込まれていくように紙に入っていきました。
「よく切れる包丁を使っていると肩も凝らず、疲れない。切れない包丁だと、押し切りをするのでよい仕事にならないし、疲れる」という言葉が実感できました。この試し切りの切れ味に違和感を感じるときは、刃こぼれや研ぎ残しがあるときだそうで、作業はすべての刃を付け直す120番の荒砥からのやり直しとなります。

何気なく毎日の調理で使っている包丁の手入れが、このように心を込めて細やかな配慮のもとになされているということを知ると、包丁の使い方にも感謝とともに、大切に使おうという配慮が生まれることでしょう。刃物は、火と水と共に、人類文化の発展の一つの重要な土台です。ぜひ包丁を使うすべての生徒たちに、刃物との付き合い方の基本として「包丁研ぎ」を学んでほしいと思いました。

この鮮やかな研ぎの仕事ぶりを拝見しつつ、私の頭の中には一つの言葉が浮かんでいました。
昨年12月30日にお亡くなりになった渡辺和子先生が教えてくださった、「木を伐るのに忙しくて、斧を見るひまがなかった」という言葉です。
1990年の3月の卒業式で来賓としてご講演くださった際のお話の一節です。

私たちは朝から晩まで忙しく木を伐ること、つまり仕事をし続けていると、木を伐ることに心を奪われ、木を切る斧である自分自身を見つめることを忘れてしまう。そしてあるとき斧の刃がボロボロに欠けて、あるいはなまってしまって木も伐れない状態であることに気づく。どうか斧である自分自身を見つめる時間、自分自身を整え、刃を研ぐ時間を大切にしてください。木を伐ることに「忙しく」することが、自分の心を亡くし、滅ぼすことのないように。「ひま」は「日間」であり、太陽が注ぎ込む時間、神様の光が差し込む時間に通じるもの。神様の愛が染みとおる時間を大切に、人生を送ってください。このような心に染み入るお話でした。

新しい年、新しい学期を迎える今、新しい志、新しい計画と共に、自分自身の斧の刃を見つめ、刃を研ぐ時間、周囲の仲間の斧の刃を見つめ、ケアをする時間、そして神様の愛を体の芯で感じとる時間を大切にし合っていきたいと思います。

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

2017年1月6日 高橋和也(自由学園学園長)

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