第50回 男子部「支援の係」の石巻・十三浜での活動報告/学園長ブログ - 自由学園 リビングアカデミー(45歳以上の方々の学校)

第50回 男子部「支援の係」の石巻・十三浜での活動報告/学園長ブログ - 45歳以上の方々の学校【自由学園 リビングアカデミー】

学園長ブログ

第50回 男子部「支援の係」の石巻・十三浜での活動報告

東日本大震災が起こり7年目となりました。今朝は男子部、女子部の中高生、大学部の学生が共に集まって礼拝を行い、続いて、男子部高等科3年生の「支援の係」のK君、I 君2名の生徒が、先週行われた宮城県石巻市北上町十三浜での高等科3年生の活動について、心のこもった報告をしてくれました。現地に足を運んだことのない中学生たちも真剣な表情で耳を傾けていました。以下、長文となりますが2人の言葉をご紹介します。

〈K君〉
「東日本大震災、あの日から昨日で7年が経ちました。今日は支援の係から少しお話させていただきます。
最近、新聞やニュースなどでよく見る「忘れない」という単語。「僕たちにできることは忘れないことだ」そのようなものをよく見かけます。では、一番大切なことは本当に「忘れない」ことなのでしょうか。私はそうは思いません。一番重要なのは、実際に被災地に足を運んで、現地の方からお話を聞いて、おいしいご飯を食べること。それが僕たちにできうる一番のすべきことなのではないのでしょうか。
毎年のこの季節になると津波の映像や原子力発電所が水素爆発する映像がたびたび流れます。確かに過去の出来事を蔑ろにし、無かったことにしてはいけないでしょう。しかし、東北のことは三月だけ思い出されるのでいいのでしょうか。ニュースを見ていると年間の恒例行事みたいに思えて違和感を覚えました。
そうではなく、自分の時間で被災地に行き、苦労している方々、大切な人を亡くされた方々、いろんな方のお話を実際に聞く。そしてちゃんとおいしいご飯を食べる。その経験を自分のこととして大切に取り込んで欲しい。そう思います。
自由学園では継続して東北に足を運び、さまざまな活動をしています。まだ行ったことのない人は積極的に活動に参加してほしいです。
あれから7年が経ちました。生まれた子供が小学生になる長さです。原子力発電所から出た放射能の中には半減期が30年のものもあります。避難者は約47万人から8万人に減りました。でもまだ8万人の方は自分の家で生活できていません。もう7年ではなくまだ7年ということを頭において今後動いていければいいと思います。」

〈 I 君〉
「先週の3月4日から7日の期間で男子部高等科3年生は、宮城県石巻市の十三浜という地域に行って来ました。十三浜は、わかめの養殖を主にしている沿岸部の地区です。
ここには、男子部と女子部の生徒が震災以来毎年訪れて、ワカメ漁をされている漁師さんや保育所の方々にお世話になっています。震災支援として始まった十三浜との関係は、時間が経ち状況が変わって行くことに伴い、支援から交流へと重点が変わっていったように思います。
先日十三浜へ行った際、いつもお世話になる方の一人佐藤のり子さんに到着の挨拶をしに行くと、「おかえり〜」と出迎えてくださいました。
活動を始めた当初は「東京の若もんが何しにくるんだ」と漁師の方は考えていたそうですが、2011年以来、7年目になる交流の月日を通して、「おかえり」と言ってもらえる関係が自由学園と十三浜の間にできています。
十三浜に行くと、あたたかい空気で迎えられ、様々な海の幸を食べさせてくれたり、船に乗せてくださったりと、もてなしくださいます。そのため僕は、「僕たちは十三浜での活動をとおして力になれているのだろうか、逆に漁師さんの負担になっていないか」と不安を覚えていました。漁師の方々にお世話になりっぱなしで、それに見合う貢献をできているのかが心配でした。

そんなことを考えていたら、佐藤のり子さんが取材に対して話す中で「十三浜には若い人がいないから湿っぽくなっていけない。自由学園の生徒が来ることでみんな元気をもらえて、あの子たちがくるからがんばろうっていう風にもなるんです。」ということ言っていました。
ある漁師さんは、最後の日に「社会人失敗したら浜に来い」と笑いながら言っていました。東京に帰ってきてからのり子さんにお礼の電話をすると、「疲れたときは、いつでも帰っておいで。こっちは田舎で人があったかいからさ」と言われました。
自由学園と十三浜の漁師さんは本当にいい関係を築いてきたんだと感じます。「いつでもおいで」ではなく「いつでも帰っておいで」と言われたんです。十三浜での活動を通して、人との貴重な繋がりを得ました。みなさんも是非十三浜に行ってください。温かい、人との繋がりを得ることができますよ。
十三浜に行くことでもう一つ得ることがあります。それは、被災地を知るということです。十三浜は被災地です。漁師の方には、去年新居に移った方や今年の夏までは仮設住宅で暮らす方がいます。
3・11当時の様子とその日自分が何をしていたかをみなさんは覚えていると思います。あの日、どんな災害が起こったかはだいたいの人が知っていると思いますが、3・11の先にある今を知っている人はどれくらいいるでしょうか。
避難者が7万人で、仮説住宅で暮らしている方が3万人でというような知識としての今を知っている人はいるでしょうけれど、そうではなくて、目で見て、耳で聞いて、肌で空気を感じて、と五感を通じての経験として、今の被災地を知ってほしいと思います。
被災されて今生きておられる方々に僕たちは何をできるんでしょうか。僕は何ができるのか。考えたけどわかりませんでした。けれど、僕は2014年の十三浜も2018年の十三浜も知っています。一箇所だけですけれど、復興がどのように進んでいるか、現地の方々がどのように暮らしているかを主観的に知っています。多くの被災された方が今も生きています。
3・11を忘れないということには「今」というものを知ることが重要になってくるのではないかと思います。とにかく、知っているのと知らないの、どちらがいいでしょうか。当時小学2年生で、同級生が目の前で津波に流された男の子が今何を思っているのかを知っているのと知らないのと、どちらがいいですか。僕は知っている方がいいと思います。
3・11の被災者に何をすることができるか。何もしないという答えもあるかもしれませんが、僕は、時間が経っても今の様子を見て知っていくことが大事だと思います。
被災地であり、とても暖かい人々が迎えてくれる十三浜に是非行ってみてください。」

経験の重みが感じられる言葉でした。
今月末には最高学部生による55回目となる岩手県釜石市・大槌町での活動が行われます。

 

2018年3月12日 高橋和也(自由学園学園長)

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