第64回 大学部の礼拝 「思い悩むな」 言葉の意味を感じて/学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

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第64回 大学部の礼拝 「思い悩むな」 言葉の意味を感じて

第64回 大学部の礼拝 「思い悩むな」 言葉の意味を感じて

第64回 大学部の礼拝 「思い悩むな」 言葉の意味を感じて

2018年12月3日

自由学園の一日は礼拝で始まります。大学部の礼拝は8時20分から20分ほど。クリスチャンであるなしに関わらず、すべての学生と教員が交代で司会を務め、聖書・賛美歌を選び、それぞれ思いを語ります。

昨日の礼拝担当はW君。高等科から入学したW君はまじめな人でしたが、口数は少なく対人的な不器用さもあり、高校時代には密な人間関係を求められる生活に戸惑っている姿を目にすることもありました。私も何度か、困った様子のW君が気になり、声をかけたことがありました。そのW君の話は、とても心に残るものでした。

はじめにマタイによる福音書6章25節~34節を読みました。新約聖書の中でも有名な箇所の1つです。

「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

そして聖書朗読に続き、W君は次のような話をしました。

・・・聖書には、励ましや支えになる聖句が旧約聖書、新約聖書ともに数多く記されています。今読んだ「思い悩むな」という聖句もその1つです。この聖句は、男子部の礼拝でも何度か読んだことがあるんですが、改めてよく読むと、どこかこの聖句には「未来」が大きく関係しているのではないかと感じます。

私たちは大人になるにあたって自分自身の未来図を常に描いていきますが、未来図を描いていくうちに、自分の将来に不安や恐怖を抱えてしまうことがあります。中々これからの人生に向き合えない状態になることがあります。

そんな現実であるからこそ、イエスは、そのような私たちに向かってこの聖句を通じて、目の前の不安や恐怖にとらわれることなく生きていくことで何か違った景色を見ることができ、また不安や恐怖を克服していくことが自分自身の学びに繋がるということを、僕らに伝えているのではないかと思います。

僕は自由学園には高等科から入学して5年が経ちますが、過去を振り返ってみると自分自身が変わっていることに気づかされることがあります。

入学当時の僕は、誰かに何かを伝えることがとても苦手でした。そしてそのことを相手から指摘されると、それに対して反発することが多く、それが原因で相手の怒りを買ってしまうことが何度かありました。

そんな自分の短所について、高等科3年の頃から真剣に考えるようになり、ある時思い切って同級生に相談してみました。その同級生とは、実は入学してからほとんど話したことがなかったので、彼も僕から相談を受けるとは思ってもなかったと思います。しかし彼は、「自分自身が1人で変わることを頑張るより、ほかの誰かに伝えて、自分自身が変わるための力を借りることが必要ではないか」と伝えてくれました。

僕はその励ましを受けて、男子部の委員長を務めたときも、苦手な分野に何度も挑戦していくことができました。結果がどうであれ、男子部という集団をまとめることの大切さを学ぶことができたなと思うし、その学びがあるからこそ、今の自分が存在しているんだと思います。

「思い悩むな」というこの聖句について、僕自身あまり理解していませんでしたが、今になって、過去から今に至る中で自分自身が確かに変わっていけたことを思い、この聖書の言葉の意味を感じています。

まだ自分自身の将来についていろいろ悩んでいる状態にありますが、自分らしく、自分自身の心が落ち着き、自分自身のペースを維持できるような職業に取り組んでいきたいと思っています。そのために自分自身のできないことを減らすのではなく、自分自身のできることを増やしていきながら、未来の自分にじっくりと向き合っていこうと思っています。

これから将来を目指す上で、いくつもの苦難や試練といった現実の壁が現れると思いますが、そんな現実だからこそ、今という時間の中に生きていることを実感しながら今日一日を大切に過ごしていきたいなと思います・・・・。

W君が自分自身の歩みをこのような言葉で振り返ったことに、私は驚きを感じると共に、神様の導きの中にあるその成長を本当にうれしく思いました。またこの成長の陰に、祈りと忍耐をもってW君を支え続けてくださったご家庭の存在を感じました。

最後にW君が選んだ賛美歌447番を皆で歌いました。その歌詞にはW君の思いがよく表されていました。

「いさめや、はらから くらき路にも しるべの星あり あおぎて進め。はるけき行く手に こころ落とさず み神にたよりて 進め、すすめ おおしくすすめ。」

「み神にたよりて まさ道ゆけば 平和とよろこび こころにあふる。いさめや、はらから くらき空にも しるべの星あり、あおぎ進め おおしくすすめ。」

勇気と励ましをもらったうれしい朝でした。

2018年11月15日 高橋和也(自由学園学園長)

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