第85回 始業式(男子部・女子部・最高学部)/学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

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学園長ブログ

第85回 始業式(男子部・女子部・最高学部)

2021年4月9日

自由学園は4月15日創立100周年、100歳の誕生日を迎えます。

100歳を迎える今、私は皆さんと共にほんとうに新しい学校を創っていきたいと思っています。ほんとうに新しい学校とはどういう学校か。設備が新しい、教科書が新しいということではありません。学校生活を通じ、自分自身が神様に愛されていることを、日々新たに一人ひとりが感じ、喜び歌うことができる学校です。

新約聖書ルカによる福音書 5 章 36~39 節 をお読みします。

そして、イエスはたとえを話された。「だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい服も破れるし、新しい服から取った継ぎ切れも古いものには合わないだろう。 また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は革袋を破って流れ出し、革袋もだめになる。 新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」

ここには、古いものと新しいものについての二つのたとえが記されています。

継ぎ当てのたとえは、新しい服からしっかりした布を切り取って古い服の継ぎ当てに使えば、新しい服も破れ、切り取られた布切れも古いものには合わず、どちらも無駄になるというものです。古い服の布地が弱くなっているため継ぎあてに使った新しい布の周囲から古い布を破いてしまうということです。

私はこれを読むたびに思い出すことがあります。

私が生徒だったころ、入学すると1年生は皮を使って聖書を入れる革袋を作っていました。
その皮は牛の床革といって、大きな牛の姿をしたバックスキンの皮でした。箱型になるように型紙を当ててみんなでそこから必要な分を切り出し、穴あけパンチで周囲に穴をあけ、上部は皮ひもで周囲をかがり、ホックを打ち付けて出来上がりです。私はその後、何年も革袋を大切に使っていましたが、高等科3年生くらいになると、周囲を縫い留めていた皮ひもの方が丈夫なため、そこから袋が破れ始めたのです。革袋を大切に長く使っている人の中にはそういう事態になっている人が私以外にもたくさんいました。皆、先生の所に行って新しい皮をいただき継ぎあてをしましたが、そこで起こったことは、まさにこの聖書で言われているようなことでした。新しい皮を貼った周囲が破れ始めるのです。私はその後、何度か、革袋そのものを新しく作り変えました。

ぶどう酒と革袋のたとえでも同じことが語られています。新しいぶどう酒は発酵して膨らむ力が強いので、それに合わせて伸びて膨らむことが出来る新しい革袋に入れることが必要であるということです。古い革袋に新しいぶどう酒を入れると固くなった袋を破ってしまい、やはりどちらも無駄になるということです。

この聖書の個所の前のほうでは、イエス様の新しい考えが、当時のユダヤの人々が守っていた伝統的な決まりと合わず、常識を覆すイエス様はとんでもないことをいう危険人物として扱われる様子が書かれています。

ここで言われるイエス様の教えの新しさとなんでしょうか。それは神様は、罪のある私たち人間を、罪のあるままに、神様の全く無条件の愛によって受け入れてくださるという教えです。私たち一人ひとりは神様の大切な子どもであり、神様は私たちと共に常にいてくださるという教えです。

これはは、神の前で「義しい者」と認められるためには、「律法」を守らなければいけないと考えていた当時の人にとって驚くべき教えでした。私たちにとってもこの教えはやはり驚くべき新しい教えと言えます。

私たちの社会では、人に認められるためには無条件というわけにはいきません。それなりの成果を示すことが必要だと考えるのは当然のことです。私たちは様々な評価で計られており、評価にかなうような自分自身になるために努力しています。この努力は大切なことです。しかしここから、他人との優劣の比較が生まれ、ときに自分はダメな人間だと思う気持ちも生まれます。そういう時にはとても悲しい気持ちになります。

これに対してイエス様は、私たち一人ひとりは神様のかけがえのない大切な子どもとして、無条件に神様に愛されていると教えているのです。自由学園の教育はこの教えの上に立っています。イエス様のこの新しい教えを受け入れるためには、私たちはこれまで自分を縛っていた古い考えを手放すことが必要です。神様は私たちに、新しいぶどう酒にふさわしい新しい革袋のような、新しい愛の教えにふさわしい、新しい愛の社会をつくっていくことを求めておられるのだと思います。日々新しく愛の力をいただき、新しい革袋のように愛の広がる学校をつくっていきましょう。

この箇所を読むたびに思い出す祈りがあります。
それはアメリカの神学者、ラインホルト・ニーバーという人の第二次大戦中の祈りです。

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ。

創立者の羽仁もと子先生は「次の時代は子どもたちの中にある」とお書きになっていますが、私も本当にそうだと思います。私たち大人以上に未来の時間を持った皆さんは、未来を生きる人たちです。皆さんは未来に向けた大切な判断ができる人たちです。

共に変えられるものと変えられないもの、変えるべきもの変えるべきでないもの、その両者を見極めることができるようにと導きを祈りつつ、新しい生活、愛のあふれる学校生活をつくっていきましょう。

2021年4月9日 高橋和也(自由学園学園長)

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