第87回 自由学園創立100周年記念礼拝 「創立の原点に立ち、新しい歌を」 /学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

第87回 自由学園創立100周年記念礼拝 「創立の原点に立ち、新しい歌を」 /学園長ブログ - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】

学園長ブログ

第87回 自由学園創立100周年記念礼拝 「創立の原点に立ち、新しい歌を」 

2021年5月1日

2021年4月15日 自由学園創立100周年記念礼拝 明日館

「創立の原点に立ち、新しい歌を」

讃美歌:74番
聖書:
ヨハネによる福音書8章31~36節
イザヤ書2章4節
詩編96編4節

今日はお集まりいただきありがとうございました。そしてこれまで自由学園ために大きなお力添えとお祈りをもってお支えくださいましたこと、心より感謝を申し上げます。

神様のお導きと創立者の志、そして多くの方々の努力とお支えのうちに、この小さな学校が100年という長きにわたり、生き成長しつつ、歩みを進めてくることが出来ました。心からの感謝をもって皆様とともに礼拝をお捧げしたいと思います。

4月12日の月曜日、自由学園の第101回入学式が行われました。創立100周年の年にふさわしい、心のこもった、そしてこれからの学校の歩みを指し示す希望にあふれた式でした。

新型コロナウィルスの感染防止策として、これまでにないさまざまな制限のもとに行われた入学式でしたが、これらの制限を払しょくする、とてもうれしい取り組みがありました。

それは式の内容を生徒たちがあらためて考え、式の司会も高等科3年生の3人の生徒が行ったことです。入学式の司会はこれまでは長く教員がしており、さかのぼれば創立者の羽仁吉一先生がなさっていました。自由学園は生徒が創る学校でありたいと願い、生徒と先生が一緒に考え、新しい形が生まれました。

生徒たちは「皆の思いやりが集まった、温かい式に」という願いを込めて、心のこもった式を作り上げました。初めての試みに自由に、創意工夫をもって取り組む生徒たちの姿は頼もしく、責任を託し任せることがいかに大切であるかをあらためて感じました。自然体で司会を進める生徒の姿に、私はなぜもっと早くこのような形をとらなかったのかと思いました。

100年前の1921年4月15日、26人の少女たちを最初の生徒に迎え、自由学園第1回入学式がここ明日館で行われました。創立者が遠藤新さんを通じてフランク・ロイド・ライトに設計を依頼したのが1月。ライトさんは帝国ホテルの建設の傍らここに通って図面を引き、工事の着工は3月半ば過ぎのことでした。何とか形になった最初の校舎も壁が塗られていない状態でした。その創造の真っ只中の教室で開校の日の入学式が行われました。


  • 1921年 開校式で話をする羽仁もと子先生

  • 自由学園に入学した26人の最初の生徒たち

羽仁吉一先生による開校宣言、讃美歌74番、続いてもと子先生のお話がありました。

もと子先生は、長年の夢であった学校が形になる喜びを語り、続いて次のようにお話しされました。

「私共は実にこの26人のお子さん方を、昨日まで知らなかった子供たちだと思うことが出来ません。われわれの多年の志の中から、この学園と共にここに生まれて来た子供だと思っています。それですから、これまでの学校と生徒とのような関係をもって、この学園とこの学園の子供たちとの関係を律したくないと思います。預かった子供でなく、この学校の子供であると私共は信じております。」

もと子先生が100年前の第1回入学式で語られたことは、詰込みではない勉強についてでもなく、雇人のいない自治の学校についてでもなく、皆さんはこの学校に生まれたこの学校の子どもであるという温かい家族としての学校の心でした。

それから100年後、生徒がつくった第101回入学式は、高等科3年生の次の言葉で結ばれました。

「辛い日があれば我慢なんてしないでください。そんな時には私たち上級生を頼ってください。私たちはあなたたちを実の妹、弟のように愛します。楽しいときにも我慢なんてしなしで、思いっきり笑ってください。私も一緒に笑いたいです!姉として、兄として寄り添い合い、皆でよい学園を作り上げていきましょう。」

この「姉として、兄として寄り添い合い」「妹、弟のように愛します」という思いは、100年前に創立者が抱いた、皆さんは「この学校の子ども」ですという思いとぴったりと重なるものでした。私はこの入学式の小さな一コマが象徴するような温かいつながりが、現在の自由学園の生徒たちの日常生活の中に根付いていることを感じています。

少子化が進み、子どもたちとそのご家庭が社会の少数派となっている今、私たちは子どもたちの成長の場である学校こそが、子どもたちの安心で安全な居場所であり、温かい家庭のような場でありたいと願っています。そしてこの願いの土台には、私たち一人ひとりは父なる神の大切な子どもであり、愛の神の大きな家族の一員であることを示してくださったキリストを信じる信仰があります。

これまでの100年を振り返り、次の100年に向かう今、私たちは自由学園が神様の愛の家族として守られ、お導きいただいたことへの感謝をお捧げするとともに、これからも変わらぬお導きを心からお祈りします。

入学式会場である講堂にはお二人の創立者のお写真が掲げられていますが、神の家族としての学校の実現を願われた創立者は、愛の学校を目指す生徒たちの姿をきっと喜んでくださると思いました。

お読みしたヨハネによる福音書8章の聖書箇所は、自由学園の校名を説明するときに引用される箇所です。入学式・卒業式でも読まれます。新入生はこの聖句で自由学園に迎えられ、卒業する学生はこの聖句で送り出されます。「真理はあなたたちを自由にする」という聖句は自由学園の生徒たちが最も心にとめている聖句かもしれません。

この聖句の意味を自分自身の問題として受け取ることは、簡単なこととは言えません。しかしだからこそこの学校に連なる私たちは自由の意味を問い続けます。もしも校名が「羽仁学園」「東久留米学園」であったらどうだろうかと考えると想像がつきますが、ここに学ぶ生徒・学生たちも、私たち教職員も、これほどまでに「自由」について考えることはないと言えます。私は私たちの学校が「自由学園」であり、「真の自由人を育てる」という教育の目的を掲げていることは本当に素晴らしいことであり、また厳粛なことであると思っています。

国立国会図書館本館目録ホールの図書カウンターの上の壁に一見この聖句と同じかと思われる言葉が刻まれています。「真理がわれらを自由にする」という言葉です。この一文は、当時参議院図書館運営委員長であった歴史学者羽仁五郎さんの強い意向により記されたものだそうです。羽仁五郎さんは羽仁吉一先生、もと子先生の娘婿、長女説子さんの夫です。思想犯として戦時中に特高や憲兵に追われ、敗戦の年に逮捕され、留置場で敗戦を迎えています。
※国立国会図書館HP「コラム 真理がわれらを自由にする」

このような思想的な弾圧の体験も踏まえ、民主主義国家の土台として、国民の知る権利と学問的な真理の探求を保証することが自由をもたらすという信念を、国立国会図書館の土台に据えたのだと思います。この真理には、学問的真理、哲学的真理、科学的真理といった真理が含まれます。「真理がわれらを自由にする」という言葉は、自由を求める私たち人間が語る、人間による宣言と言えます。

これに対し聖書の示す「真理はあなたたちを自由にする」という聖句は、イエス・キリストが弟子たちに向けて語った約束の言葉です。ここに大きな違いがあります。

1921年、自由学園は、自由がなければ真の人間教育はできない、そして真の人間教育は神のみが行い得るという信念のもとに、文部省の管轄を受けず、資格のない各種学校として出発しました。

1932年、羽仁もと子先生はニースで行われた世界の教育者の会議の中で、「学校の名に自由の字を冠することは誤解を招くもとでした。しかしどうしても自由の名をえらばずにいられないと思ったのは、われわれの鮮明なキリストの旗じるしが、いつの日にか学生たちの全然自由な思いの上にひるがえり、その熱心な喜びの手の中に振りかざされるようにと、第一に祈り望んだからでした」と語りました。この祈り、望みは今も自由学園の教育の根幹にあるものです。


  • 1932年 ニースに向かう羽仁もと子先生

  • 1935年 男子部開学 羽仁両先生を囲む最初の23名の生徒たち

また羽仁吉一先生は1936年に、「慕わしき自由の名よ」と題する文章の中で次のようにお書きになっています。

「われらの『自由』は所謂自由主義の『自由』ではない、『真理は汝らに自由を得さすべし』とキリストは約束したもうた。真理なるキリストのみが与え得る『自由』、それこそ天地は廃れても廃れることのないほんとうの『自由』である。慕わしき『自由』の名よ、汝の名を冠するわれらの学園の、この志の上に神の祝福あれ。」

真理なるキリスト、言い換えれば神がキリストによって示された真理とは、神は私たち一人ひとりを無条件に愛してくださっているという福音のメッセージです。「真理はあなたたちを自由にする」という言葉は、神の愛の中に生かされるときに、私たちは何ものにも縛られることなく、本当に自由に生きることができるようにされるという主イエスの約束の言葉です。

世界の植民地主義を背景に日本が中国に侵略し、国際連盟を脱退。国内では思想的弾圧が進み、軍部台頭のきっかけともなった2・26事件が起こったその数か月後に、この文章は書かれています。「神の祝福あれ」という祈りは切実なものでした。

現在自由学園では100年の歴史を振り返る『自由学園100年史』を編纂しています。その中で私自身改めて確認したことは、男子部創立の頃から敗戦までのおよそ10年間は、教育を戦争に取り込んでいく国家の政策が強化されていく困難な時代であったということでした。

「学校の自由という名を自発的に更えろということが文部省から出たとき、私は自分で何度も何度も文部省に行って、教育は自由という基盤の上に立たなければならないことを説明したが、なかなか問題は解決せず」と、もと子先生は書かれています。

1人ひとりの良心や意志を尊重する「自由」という名を持つ学校への圧迫は、戦況の悪化に従い、生徒たち個人にも直接及んでいます。私たちは今は「自由」を語ることに困難を感じることはありませんが、「自由」を語り、守ること困難だった時代があったことを忘れずに歩みたいと思います。

戦時中の男子部生徒の経験です。

「戦局が不利になってくると、憲兵、軍人はいうに及ばず、一般人の態度も変った。学校の名を訊かれ、答えるともういけない。「そんな柔弱な精神では」と話が飛躍した。武蔵野線の車中で、立って英書を読んでいた時、憲兵に見つかった。かねて目をつけていたのであろう、憲兵は衆人環視の中で、軍刀の鞘で説を突き、重い軍靴で足腰をしたたかに蹴った。・・・本の題は非常に簡単なものだったが、憲兵には分らなかったらしい。分ったらこのくらいでは済まなかったろう。聖書であった。」(秋吉美也子『いつもお天気』)

女子部卒業生たちの経験です。

「三鷹駅近くの分遣隊に連行された。午前9時から午後6時半まで、『国家の機密を漏らしている』という疑いをかけられ、厳しく尋問された。『自由学園の卒業生たちはスパイをしているのではないか』と鋭く追及された。身に覚えのないスパイ容疑をかけられ『今日のことは親にも友だちにも先生にも他言しません』と誓約書を書かされ、拇印を押してやっと釈放された。」(笠原徳「軍需工場での憲兵の尋問」)

婦人友社の記者の言葉です。

「言論統制の厳しくなった太平洋戦争の末期、国家至上主義の時代のただ中にありながら、『人間として拝すべき神はただ一人の造物主のほかにない』とするミセス羽仁の思想が当局の忌諱にふれたのは当然のことでした。毎月陸軍の情報局、海軍の報道部に提出するゲラ刷りは、削除の朱がべったり入って返され 、婦人之友を抹殺しようとする軍部の圧迫はさまざまに形を変えてわたしたちをおびやかしました。」(松井志づ子『羽仁先生と働いた日々』)

吉一先生は晩年に「多くの夢をもって始められたこの教育も、間もなくはじまった太平洋戦争のために無残に打砕かれ、疎開に動員に寧日なく、卒業生は次々に戦場に送られて行った」とお書きになっています。

戦争が始まると各種学校である男子部の卒業生は、士官候補への道もなく、徴兵猶予の特権もなく戦地に送られ、12名が犠牲となりました。また学徒動員で工場に向かうバスの事故で3名、動員先の工場への爆撃により1名の女子部生が犠牲になっています。高等科生、学部生の年齢です。

正門右手と図書館横にはこれらの方々を記念する男子部・女子部の慰霊碑があります。男子部慰霊碑にはイザヤ書2章4節の「國は國にむかひて劍をあげず 戰鬪のことを再びまなばざるべし」という言葉が刻まれています。

私は校名の「自由」について考えるときに、いつもこの慰霊碑の存在の重みを感じます。戦争は自由を奪い、命を奪いました。同じことが今も世界の各地で起こっています。私たちには日々の生活の中で与えられている自由を守り、正しく行使し、平和を実現する学校を目指してゆく使命があります。

最後に詩編 96編1節から3節をお読みします。

「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。国々に主の栄光を語り伝えよ 諸国の民にその驚くべき御業を。」

主に向かって歌う新しい歌とは、御名をたたえる歌であり、み救いのよい知らせを告げ知らせる歌です。人間をたたえる歌でも物質的な豊かさをたたえる歌でもありません。愛である神をたたえる歌です。そしてみ救いのよい知らせを告げ知らせる歌とは、新約聖書の言葉では福音、すなわち真理なるキリストによって与えられる愛と自由を告げ知らせる喜びの歌です。私たちの変わることのない希望はここにあります。この希望を示すのが「真理はあなたたちを自由にする」というキリストによる約束です。

次の100年に向かって歩みだす自由学園が、どのようなときにも感謝をもって御名をあがめ、神様の愛をたたえる新しい歌を歌い、自由な愛をもって神の国の実現のためによき働きのできる学校であり続けますように。神様の御心にかなう学校であり続けることができますように。神様の導きを心から願い祈ります。

2021年4月15日 高橋和也(自由学園学園長)

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