第99回 「ウソップ」雑記/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第99回 「ウソップ」雑記/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第99回 「ウソップ」雑記

2018年5月29日

「先生。どんなキャラクターが好きですか。お孫さん向けにアンパンマンでしょうかね」と突然女子学生から尋ねられた。
「いやあ、アニメのキャラクターならウソップがいいね」と私。
彼女はのってこなかったが、周りにいた男子学生がのって来た。
「それならルフィの方がいいんじゃないですか」
「いややっぱり、ウソップがいいな」と私。

ウソップは、『週刊ジャンプ』で1997年からの連載以来、発行部数累計が3億6000万部(2017年)をこえたという国民的?(世界的)冒険マンガ「ワンピース」の登場人物。わき役の一人である。
主人公はルフィ。
ルフィは、大海賊時代に海賊王をめざす正義感あふれる少年。彼は、「ひとつなぎの大秘宝 ワンピース」をもとめて航海に出る。

ワンピースは、バブル崩壊後、就職の氷河期と呼ばれ時代がやってきた時に始まった。底が見えないままに続いた不景気。雇用制度も大きく変わり、終身雇用制度が廃止又は崩壊し、リストラが進行していった。上司と部下、リーダーとメンバーといった縦社会の信頼関係が崩れ、同期でも雇用条件が変わり、正社員と臨時雇用と差別化された。抜け出しようのない閉塞感が広がった時代である。

ワンピースは、こんな時代に仲間の結束を歌い上げた作品である。
現実に直面している若者への応援歌と云えば、大げさである。そんな言い方をしたらファンは離れそうだ。微かに残った夢の燃えカスのような癒しといった方が近いかもしれない。

さて、私のイチ押しの「ウソップ」。「ウソップ」は、海賊仲間の狙撃手。鼻がピノキオのように長いのが特徴。何しろよくホラを吹く。体験したことのないような冒険談を得々と語る。お調子者ですぐばれるような嘘をつく。亡き父のような勇敢な海の戦士になることが夢だが、性格は臆病。はじめのうちは敵を直前にしても逃げてばかりであった。「してはいけない病」にかかった等と逃げ腰である。

「ウソップ」は、ホラ吹きである。しかし彼のホラが大事な所で仲間のこころをひとつにする。私がウソップを好きなわけは、今の社会がどこかに忘れてきた「ホラ」の効用を彼がしっかりこの漫画でになっていることだ。

「ホラ」は、現代においてあまりに過剰に禁じ手になっている。
「ホラ」そして「うそ」を笑えなくなっているのではないか。

柳田國男は、「ウソと子供」と題したエッセイをこんな風にまとめている。

「今日の母様たちはあまりにウソというものを、怖れておいでになるのが気の毒だから、ただ一言だけ実際上の意見を述べておく。子供がうっかりウソをついた場合、すぐ叱ることは有害である。そうかと言って信じた顔をするのもよくない。また興ざめた心持を示すのもどうかと思う。やはり自分の感情のままに、存分に笑うのがよいかと考えられる。彼等は次第に人を楽しませる愉快を感じて、末々元気のよい、また想像力の豊かな文章家になるかも知れぬからである。」と記している。

火葬場の隣が私の通った小学校、前にお寺があった。町の誰かが死ぬと火葬場に運ばれ法要がいとなまれた。いつもお寺の本堂には供え物があった。

小学校2,3年の頃、本堂に供えられた供え物の菊の花模様をした大きな干菓子を学校帰りに時々失敬した。大きくかじると見つかってしまうから、一口だけ3,4人でかじるのである。時たま大きく食べる者(たいてい私だったが・・)が居て、見つかってしまう。寺の小僧さんにウソは通じず、箒で追いまわされもしたが、お坊さんにはウソが通じた。

「誰が取ったんだ。お前たちだろう。ケンジか・・」と静かにゆっくりお坊さんが聞く。
「ネズミが取っているのを見たよ。」と先頭切って私が答える。
お坊さんは、にっこり笑って、ゴツンと拳骨をくれる。たんこぶが出来るくらいの痛いゲンコツだったが、誰も泣かなかった。ワクワクするようないい気分でその場を走り去ったものである。

昭和20年代の終わり頃、戦争が終わって10年もたたない頃である。その時代と今はたしかに違う。しかし、にっこり笑ったお坊さんの心は今こそ大切なのではないかと思う。理屈で相手を責めるのではなく。非難したり、叱責する時でも、相手に対して抜け道を用意することが大切である。

ウソが子供社会の潤滑油であった時代は終わったかもしれない。子供社会ばかりではない。大人の男と女の間においても、夫婦においても、ウソだと知っても、それをとぼけて認め合うことは、大切なことだ。
すべてに白黒をはっきりさせて、目くじらを立てることが解決を生むわけではない。

誰もが、自分の正当性を主張する。自分が間違っていたなどとはなかなか言えない。一度言いだしたらその主張を引きもどすことは難しい。どんなに愛し合っていても、いかに信頼しあっていても難しい。相手の言っていることも正しい。自分の言っていることも正しい。二人の関係が二進も三進もいかない。緊張した膠着関係が続く。

可愛いウソがあることを思い出して欲しい。
男も女も相手を抱きしめたくなるようなウソがある。
ウソでもいいから膠着した関係から脱することを考えていい。
ウソの中でも夢見るウソは元気の源にもなる。

夢見る男のウソはどうも女には理解出来ないようだが、男同士では、男のウソがわかりあえるような気がする。
女には笑われそうな男の夢を語り合う男達がいる。
夢を笑ったら男の友情は成り立たない。
たとえそれがまったく出来そうもないウソの夢でも、男は男を笑ってはいけない。

ウソップは時に突然真顔になって狙撃を始める。大ほら吹きウソップの変身である。

その一言。「仲間の夢を笑う奴は許さない!!」

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追記 この頃のうそは、夢をつぶすのだ。裏切りのうそだ。

 

2018年5月28日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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