世の中にメッセージを投げかけるデザイン

世の中にメッセージを
投げかけるデザイン

柿﨑 裕生
Yusei KAKIZAKI

HAKUHODO DESIGN アートディレクター

男子部 59 回生

2021年1月28日談:オンライン

博報堂の仕事場で。

藝大で油絵専攻。でも1枚も描かなかった

 元々美術は好きだったのですが、同級生が美大のデザイン科に行くということを聞き、些細なライバル心から一浪して油絵専攻で藝大に入りました。ただ、周囲にはもっとうまい学生がいる中で、そのまま描き続けることに入学ひと月で疑問を抱きました。振り返ると、大学では1枚も油絵を描かずに写真を撮ったりしていました。藝大の油絵科はほぼ現代アート科みたいなところで、絵を描いているのは半数程度という不思議なところだったんです。

 

元々、油絵は宗教画から派生した、いわば宗教の「体験装置」でした。体験をベースとするならば、油絵でなくてもいい。そう考えて別の方法でメッセージを表現できると感じたのが広告業界でした。ですが、そのときは4年生の夏、普通なら就職活動も終わっている時期。2年休学して、いまは廃刊となった『広告批評』が当時主宰していた広告学校に通って勉強し、翌年に博報堂に入社しました。

 

現在は、クリエイティブ・ディレクターという総合責任者の下、CMプランナー、コピーライターと共に、「アートディレクター」という肩書で、企画からデザインを形にする役割を担っています。仕事の種類にもよりますが、グラフィックメインであれば、アートディレクターの仕事の比重は大きくなります。

16.7mに赤い線を引いた、2017年ヤフーの防災広告(本人提供)

防災広告や「裸の伊右衛門」に込めたメッセージ

 最も思い入れがあるのは、2017年の防災広告です。ヤフーが毎年行っている防災プロモーションの一環で制作したもので、最初はCM制作のみが予定されていました。ほかのアプローチでも新鮮にメッセージを届けられないかと自主提案をしたのが、この防災広告です。ビルボードのちょうどよい高さや立地、サイズ感を東京じゅう探して、うまくはまったのが銀座のソニービルでした。

 

デザインが悪いとコミュニケーションにストレスが生じるので、メッセージがストレートに伝わりません。津波を実際に体験していない人にもその驚異が伝わるように、東北での最高到達点である16.7mの位置に赤い線を引きました。そこにヤフーからの「手紙」のような形で、真摯なメッセージを載せました。コピーの読みやすさも重要です。そして、世の中の事象に切り込むタイプの広告に、下手な演出は逆効果。なので演出はゼロにして、まず線を見てもらうためにラインは端まで引き、それを起点にコピーは少し内側に、文字数もデザインに合わせて細かく調整して配置することで、ラインのインパクトとメッセージの届きやすさの両立をデザインしました。

 

「裸の伊右衛門」は、ペットボトル緑茶飲料で唯一、淹れたての「緑」にリニューアルした「伊右衛門」を、ラベルで隠さずに見せようというもの。コピーライターが打ち合わせで持ってきた「脱いじゃった」というコピーに着想を得て、ヌード作品で知られる篠山紀信さんに撮影をお願いしました。通常、商品を見せるときは雫が太陽光に反射している方がおいしそうに見えますが、篠山さんは一言、「女性はそんな直射日光の下では脱がないよ」。脱帽でした。閉まったカーテンの隙間から漏れる光で柔らかく照らされたほうが、ミステリアスなものになる。細かい積み重ねでメッセージがさらに洗練されることを体感した現場でした。

2020年緑の伊右衛門と抗ウイルス生地のVIBTEX広告(本人提供)

世の中の役に立つ「ヤバい」ものを生み出したい

 いま世の中にはモノがあふれていますが、大事なのはメッセージです。例えば、洗濯機が生まれた頃。奥さんの手が洗濯で荒れているから、少しでも「楽にしてあげたい」。そんな思いが日本全国にあったから洗濯機が生まれました。ですが今は、様々な商品やサービスが「何のために」存在するのか、ストーリーが曖昧なモノで溢れていると思うのです。世の中の何を解決するためにあるのかを、ちゃんと考えていかなければなりません。

 

抗ウイルス機能を備えたアパレルブランド「VIBTEX」(Virus Blocking Textile)はコロナ問題から生まれました。コロナの脅威に対して、いち早く抗ウイルス生地を届けるためには、どうするべきか。繊維商社と組んで、生地開発、ネーミングからロゴ、ブランド立ち上げを手がけました。無名の生地をBtoBで地味に売るのではなく、消費者にダイレクトに届けつつ、そこで話題化した勢いをもって、様々なアパレルブランドに生地を卸すBtoBへと還流しました。

 

どのようなメッセージを発信し、世の中に役立つものを生み出すか。そしてその表現がどれだけセンセーショナルでアイデアフルな「ヤバい」ものか、それがアートディレクターの存在意義だと思います。アイデアは「降ってくる」ものではありません。商品や世の中の事象の中にしかヒントはないので、それを因数分解していくことが必要なのです。16.7mという発見がなければ、防災広告も生まれませんでした。メッセージを正しく伝えるために重要なのは、ちゃんと事実とストーリーを紐解いて考えること。とある調査では、自分に必要ない、明日なくなっても構わない企業や商品が7割ともいわれています。世の中の役に立つ「ヤバい」ものを生み出すことが本懐です。

「どのようなメッセージを発信するかを常に考えている」

柿﨑 裕生(かきざき ゆうせい)

1981年生まれ。アートディレクター。幼児生活団から高等科までを自由学園で学び、その後東京藝術大学に進学、油画を専攻。2006年に博報堂入社。銀座ソニービルに掲出されたヤフーの防災広告が2017年ADC賞、D&AD賞などを受賞。2020年 60th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDでは、「緑の伊右衛門」で総務大臣賞/ACCグランプリを受賞。