子どもが根を張れる共同体をつくる

子どもが根を張れる
共同体をつくる

鈴木 恵太
Keita SUZUKI

千葉県柏児童相談所 児童福祉司

男子部 59 回生

2020年8月3日談:オンライン

自由学園明日館にて

さまざまな専門職が集まる職場

 児童相談所はソーシャルワーカー、心理士、医師・保健師等の医療職、警察官、弁護士、保育士など、さまざまな専門職が集まる職場で、私はソーシャルワーカーとして働いています。

 

児童相談所は子どものさまざまな相談に応じる機関ですが、近年は児童虐待、非行、障害等の相談が大半を占めています。親御さんが相談に来られることもありますが、それよりも「けがをしていて“家で叩かれた”と言っている子がいる」とか「近所で泣き声や怒鳴り声がやまず心配だ」という情報から関わりが始まることの方が多いです。

 

家庭訪問をしてお子さんの安否を確認し、親御さんと話す。緊急性が高く止むを得ない場合は、自宅、保育園、学校等からお子さんを一時保護することもあります。必ずしも「相談」を望んでいない形で関わりが始まるので、時には落ち着いた話し合い自体が難しいこともあります。一般的な「相談」のイメージとは少し異なるかもしれません。

2018年オーストラリアで児童虐待対応を視察。日本の現状を説明した。

抱え込まず、子どもが包摂される環境を

 当然、子どもを保護して終わりではありません。まずは子どもが家庭で安全に、健やかに生活できるよう援助をします。一時保護所からは通学が困難なことが多く、子どもの権利上も制約が生じるため、なるべく短期間とすることとなっています。話し合いに時間がかかる場合には、いったん子どもは里親さんや施設で生活することもあります。いずれにしても、その子どもが根を張れる、恒久的な居場所ができるように、と思っています。

 

児童虐待は、ともすると親御さんの個人的側面に焦点が当たりがちです。実際にお会いする親御さんは、時には過酷とも言える状況の中で一生懸命良い方向に向かおうとしている方がほとんどです。背景にある事情、例えば育ってきた家庭環境、疾患や障害等は、自身ではいかんともしがたい、誰でも同じ状況になり得るものです。核家族化、労働問題、介護、貧困等、社会構造的な課題の影響もあります。お子さんに特徴があり、関わり方に工夫やコツが必要で、それがわからず親御さんもお子さんも困っているのに、「親のしつけの問題だ」といった心ない声が家族を追い詰めていることもあります。

 

実際の援助には各専門職や関係機関の連携が不可欠です。ソーシャルワーカーの仕事は、子どもがうまく育っていける共同体を親御さんと作っていく作業と言ったらいいでしょうか。たとえば虐待が起きた状況を抱え込まず、一緒に考えてくれる親族や仲間を探して、子どもが包摂される環境を作っていく。簡単ではないけれどやりがいを感じます。

 

児童虐待に関する法律ができてまだ20年ほどで、未整備な部分もあります。子どもの福祉や教育に充てられる予算や、苦境にある家庭への社会の理解がもっと高まるとよいと思います。

 

特に社会と家庭の間に「中間的」な居場所がもっとあるといい。たとえば、仕事が終わって保育園に迎えに行った後、家の近くに、子どもを連れてごはんを食べたりお風呂に入ったりおしゃべりできる場所があって、あとは連れて帰って寝かせるだけになれば、もっと気持ちが楽になるでしょう。親御さんがしんどいときに、頼れる場所がもっと増え、親子で地域での生活が続けられる社会になるといいと思います。

「サポートがうまくいけば親御さんは安堵する。仕事のモチベーションにもなっています」

仕事と自分の子育てがリンク

 高校生の頃、昼食の時間に、同級生のお母さんが臨床心理士をされており、仕事の紹介として箱庭療法というセラピーの話をしてくださいました。その時は「こんな世界もあるんだな」と思ったぐらいでしたが、その後、同級生が事故で亡くなる体験などがきっかけとなり、放送大学で心理学の勉強をしながら、臨床心理士を目指しました。大学院時代、小学校でサポートの必要な子どもに対応するアルバイトを経験し児童福祉に関心を持ちました。

 

今は自分も子育てをする身ですが、当然、仕事と生活がリンクする場面もあります。朝、子どもたちと家を出ると、マンションの管理人さんが挨拶してくれて、宅配便のお兄さんが手を振ってくれて、八百屋のおじさんが「行ってらっしゃい」と言ってくれる。学校に行くのが嫌で泣いていても、友達が「どうしたの?いっしょに行こう」と声をかけてくれたらスッと行けたりする。子どもはいろいろな人の中で育っています。親と子は独立した人間なので、すべてが親の責任ではないし、もっと力を抜いて子育てしていい。子どもが育つムラ、共同体を整えるのが親の役割だと思います。

 

自由学園で印象的なのは、入学式での「あなたがたはこの学校をよくするために入学を許された」という言葉でした。教育というのは自分がよくなるためのもの、と思っていたけれど、そうじゃないと知った。自分は何をしていけばいいのか、在学中はずっと宿題を出されている感じでした。社会に出ても、同じ問いかけは続きます。自由学園で心理学は学びませんでしたが、社会の中で生きていく一番大切な基礎を育ててもらったな、と。

鈴木 恵太(すずき けいた)

1980年生まれ。自由学園最高学部卒業後、桜美林大学大学院人間科学専攻臨床心理学専修修了。千葉県庁に入庁し、県内各児童相談所、千葉県庁児童家庭課などを経て、現在は柏児童相談所に勤務する。臨床心理士、公認心理師。