秋田 浩之
Hiroyuki AKITA
日本経済新聞社 本社コメンテーター
男子部 43 回生
2020年12月26日談
自由学園最高学部にて
コロナ禍がもたらしたのは変化の「加速」
コロナ禍がもたらしたものは、実は「変質」ではなく「加速」です。確かに生活は変化しましたが、リモート化の流れは以前から話はありましたし、ワクチン確保の争いは近年みられる利己主義がより顕在化したものです。
アメリカではコロナによって貧しい人がたくさん亡くなりました。罹患しても保険がないため働くしかない人がいる一方で、大富豪はこの1年間で所得をさらに増やしており、貧富の格差が「命の格差」となって表れています。中国では、通話や移動の記録に加えて健康状態までも中央が把握するようになりました。デジタルも駆使して人間を管理するという、強権的な体制が一層強化されました。日本でも在宅勤務が当たり前になり、海外との会議もリモートでできるため、コスト削減も進んでいます。こうした流れは、「変質」であればコロナが終息すれば元に戻るものですが、時の流れが「加速」したのだと考えれば逆流はしないでしょう。
一方で、パンデミックという脅威に対抗するため、国家が個人の権利を制限するという負の影響があります。この20年変わらなかったシステムが変わり始めているように、デジタル化・オンライン化が推進されるなど、コロナ禍によるプラスの側面もありますが、バランスシートとして見た際にはやはりマイナスが大きいと考えられます。ただ、災害やパンデミックが発生した時は、悪いことから起こります。マイナス面が最初は強く出ますが、後からプラス面が出てくる。そのときに、どれだけ初期段階のマイナスを凌駕できるかが重要です。
EUは共同体として生まれましたが、ロックダウンを行ったイタリアでマスクを配布したのはEUではなくイタリアという国家でした。治療や病床の確保も国単位で行っており、国家主権の必要性が改めて認識される機会となっています。そのためにはもっとうまく国を統治していくことが重要だと、若い人たちの政治への関心が高まり、投票率の向上につながれば、コロナ禍によっていい変化がもたらされることになるかもしれません。
ポンペオ国務長官へのインタビューで(2020年10月)(本人提供)
「社会をよりよくする」志を育てる教育
教育の変化も加速しています。だれもがクリック一つで情報が取れる時代となり、知識の詰め込み教育は意味を失っています。必要なのは個人個人の考える能力です。競争力のある人間は、自分で情報を取捨選択して整理できる人です。自由学園は100年前から「自分の頭で考える」教育をやってきましたが、ここまではほかの学校でも取り組み始めているところ。そこで必要となるのが、「社会をよりよくする」という志です。人格をいかに形成するかが、自由学園の教育で大事なところになるでしょう。
在学中、「時計屋は時計を作ったから直せる。人間が壊れたらどこにいけばよいか」という話を修養会で聞きました。人格教育は、どんな立派な先生がいても限界があります。だからこそ、自由学園がキリスト教精神の下に教育をしている、ということが極めて重要な意味を持っているのではないでしょうか。キリスト教精神を軸とした学校はほかにもありますが、自由学園のように共同生活をしながら毎朝の礼拝を行うことは、大きな学校では難しいでしょう。礼拝は、小規模だからこそできる、自由学園ならではの重要な教育です。
集団生活の中で上級生から愛情を注がれて育ち、自分が上級生となった時には、下級生を助ける。そうした経験を通じて人格が磨かれていく。これは他校ではできないことです。知識には生活が伴わなければ意味がありません。懇談や礼拝は、そうした価値づけを行う時間であると思います。
フィナンシャル・タイムズ ロンドン本社に出向 論説委員会の同僚と(2016年、本人提供)
戦争を防ぐこと。それがメディアの役割
中等科1年の時、何かの折に「がっかりすることもある。思っていた理想と違うからやめたい」と書いたことがあるのですが、先生からは「この学校は面白い。自分をよくしてほしいと思う生徒はどんどん失望する。この学校をよくしたいと思う生徒はどんどん成長する。心配しないでやってください」というコメントが返ってきました。「一生懸命やれば学力だけでない何かが与えられる」と思って、それが今の糧となっています。
いま、私はコメンテーターという仕事をしています。求められるのはオピニオン。日本のジャーナリズムでは主観を入れないことを叩き込まれますが、右も左もバランスを取ることばかり考えていれば、何も言っていないことと同じ。バランスを取ろうとして、もしその中心が間違っていれば国を危うくすることにもつながりかねません。だからこそ、メディアにはリアリズムと主観報道も必要なのです。極限まで取材を重ね、いろんな意見を聞いた上で、自分で判断し、こう主張せざるを得ないというもの。それがオピニオンです。オピニオンが複数あって初めて、多事争論が生まれるのです。創立者のミスタ羽仁もリアリズムの人でした。
私は中国で香港返還や台湾海峡危機、アメリカではイラク戦争を間近で見てきました。戦争はみんなを不幸にするものです。ですから、メディアの究極の役割は戦争を防ぐことにあると思っています。よりよい平和のためにも社会に働き掛け続けていきます。
「人格教育を行う上で、礼拝は重要な意味を持っている」
秋田 浩之(あきた ひろゆき)
1965年生まれ。中等科より自由学園に学ぶ。最高学部を卒業後、日本経済新聞社に入社、流通経済部に配属。米ボストン大学大学院修了(国際関係論)。東京編集局国際部、北京支局、政治部、ワシントン支局、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、政治部次長兼編集委員、編集委員兼論説委員を経て現職。2018年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『暗流 : 米中日外交三国志』『乱流 米中日安全保障三国志』。