女性も「先頭に立つ勇気」を

女性も
「先頭に立つ勇気」を

浅野 由紀
Yuki ASANO

イオンクレジットサービス株式会社

女子部 68 回生

2016年10月27日談

東京ビックサイトで行われたITpro EXPO2016にて

アメリカでの出会い

 学園卒業後、輸入家具のお店に就職し、1脚30万円の椅子や、ワンセット100万円の高級ダイニングセットをバンバン売っていました。そこで、教養あるお客様の接客をしながら、自分がどんなに世界を知らないかを思い知らされました。

 

一念発起し、貯めたお金でアメリカへ留学。向こうの単科大学でインテリアデザインを専攻しました。この1年間は、毎日大量の宿題が出されて、24時間泣きながら、寝る暇もなく勉強していました。その後マンハッタンでBed Bath &Beyondというホームファッション専門店に就職し、販売員になりました。

 

ある日、イオン(当時ジャスコ)の人たちが視察に来て、日本人だからと案内に行くと、その中にとても話し好きのおじさんがいたんです。自分が最初に作ったカーテンがどんなに売れたか、どれだけ安い羽根布団が作れたかという話で盛り上がり、「じゃあね!」と何も買わずに帰られました。後にこの方が専務(当時常務)だと知ったのですが、その夜の宴会に呼んでいただいて、普段食べられないお寿司までご馳走になりました。

それから半年後、クリスマスの日に「うちの会社に来ないか」と、専務から電話がかかってきたのです。

1994年、オレゴンの語学学校の卒業式で。中央が浅野さん(本人提供)

ダイバーシティ勉強会のメンバーに

 アメリカで働き続けるのに迷いもあった頃で、「お世話になります」と言って帰国。イオンに入社して今に至ります。

 

イオングループ内のいろいろな会社で働いてきましたが、転機となったのは2007年。社内でダイバーシティ勉強会が始まり、そのメンバーの一人になった時です。ダイバーシティは「多様性」という意味。人種や性別などを固定させず、色々な人が活躍できるようにし、生産性を上げようという動きです。

 

まずは、女性の経営幹部への登用を増やすことを目標に、勉強会が立ち上げられました。私は当時、メガスポーツという会社の商品戦略部にいて、仕事ものりにのっていました。たまたま行った本社の近くで久しぶりに先輩の女性社員に会い、仕事のことを話したら、「アサノも成長したね」と(笑)。彼女が勉強会のメンターの一人で、来ないかと声をかけられたのです。

 

もう一人、入社時代から私を知っている尊敬する男性社員の方も勉強会の立ち上げメンバーで、その二人から言われてチームリーダーも引き受けました。でも当時は、どうして自分が女性活躍のことをしなくてはいけないのかわからず、しぶしぶやっていたんです。それでもチームのメンバー6人で、半年後に社長の前で行う15分間のプレゼンのために準備をしていきました。もともと分析が得意だったので数字を調べたら、私の同期の女性が、6年で6割も辞めていました。

 

小売業はもともと社員やパート合わせて7対3で女性が多く、お客様も女性の方が多いのです。それなのに、役員にはほとんど女性がいません。ショックでしたが当事者意識はあまりありませんでした。

 

一方で、この勉強会の他のメンバーは必ず管理職登用されると思っていました。みんな私よりずっと優秀で、ちゃんと勉強もして資格も高く、バリバリ働いています。私以外はメンバーもメンターたちも、女性活躍が重要な課題だと認識していました。先輩から「ここまできたのだから、降りるな」と言われ、そこで目が覚めました。こんなに応援してくれている人がいるのなら頑張らなければ、と。

 

それまでは、仕事は楽しいから一生懸命やるけれど、役職に就きたいとは思っていませんでした。でもこれからは資格のランクを上げて経営幹部にならないと、後輩たちはついてこないし、会社のためにもならない。

 

私をアメリカからひっぱって来てくれた専務は数年前に病気で亡くなりましたが、80年代から女性活躍に取り組み、いつも私を励まし応援してくださっていました。その思いに応えるためにもい役職につき、後輩たちのロールモデルになりたいと思ったのです。

 

頑張ろうと決めてからは、登用試験を真面目に受けて毎年1つずつ資格を上げていき、09年に経営幹部に登用されました。

2002年、仕事で訪れたフロリダで仕入れ商品リスト作成中(本人提供)

こだわらない

 役職に就きたくないという女性がいるのも事実です。会議室に入っても、女性はすぐに端に座ってしまう。「女性もきちんと前に出なさい」という教育がされるべきだと思います。

 

06年の東大の卒業式で当時の総長が「先頭に立つ勇気」について話しておられましたが、私も今はこの組織の中で、先頭に立つ勇気をきちんと持ち続けたいと思います。

とはいえ、管理職は大変です。11年から子会社の社長をしましたが、どんなに周りに相談しても、結局決めるのは自分。責任もとらなくてはいけない。やっぱり孤独です。

 

30代後半の頃から思っているのは、「こだわらない」ということ。求められたら断らないで、呼ばれたらどこへでも行き、しなやかに、折れないように働き続けることが大事かなと。与えられた場所で一生懸命に働き、どんなことでも絶対に手を抜かない。

学園で学んだことの一つに「三角道をしない」があります。これは近道をせず正しい道を選ぶという意味ですが、小売でも金融でも大事なこと。誰も見ていなくても悪いことはしないし、ゴミが落ちていたら拾います。

 

今みたいに企業倫理が問われている時代には、社員一人ひとりの真摯さがとても大事です。働いている限り、必ず相手は人間ですから。人を裏切らず、積極的に、誠実に働きたいと思っています。

浅野 由紀(あさの ゆき)

1972年生まれ。92年自由学園最高学部卒業後、アピス株式会社に入社。イタリア輸入家具販売員となる。94年西オレゴン州立大学へ語学留学。95年New York School of Interior Design入学。96年Bed Bath&Beyondに入社。マンハッタン店で販売員をする。97年イオンリテール株式会社入社に伴い帰国。01年MDオペレーション部、05年(株)ブルーグラス、06年(株)メガスポーツ、09年(株)イオンライフ、11年ATジャパン(社長職)。14年より(株)イオンクレジットサービス(部長職)。