交響曲のように調和を醸し出す建築を

交響曲のように
調和を醸し出す建築を

藤川 曜子
Yoko FUJIKAWA

建築家

女子部 69 回生

2020年10月15日談

東久留米市学園町の仕事場で。設計図面は今も手で引いている。

振り返ることもなく駆け抜けてきた

 自由学園の正門前にある家が、私の実家であり仕事場です。私が中等科2年の時に、母と同じ友の会の方の紹介で、こちらに家族が引っ越して来ました。

 

私が学園にいた頃は、「卒業後のことは考えず、とにかく一生懸命生活しなさい」という時代でした。学部2年で、初めて何をしようか考えた時、やりたいことがたくさんありました。英語、栄養学、体操......。建築もそのひとつでした。推薦入試の話があり、東京理科大学工学部Ⅱ部建築学科に入学しました。

 

そこは、4年で卒業できる人が10%くらい。正直、学園では勉強をしていない分野も多かったので、友人に助けてもらいながらなんとか単位を取得。2年に進級できたのは、クラスの半数でした。「建築が自分の仕事になりそう」などと、考える時間も余裕もありませんでした。ただ、建築学科に入ったということで、大学1年のとき遠藤楽(*)先生から声をかけていただき、遠藤事務所にアルバイトで通うことになったんです。卒業後はそのまま就職することになりました。

 

楽先生が亡くなられたときには、社員になって10年目でした。突然のことで、どうしようと思いながらも先生の遺された仕事を「やるしかない」と受け継ぎ、2004年に自分の設計事務所を設立。翌年には同業の友人も加わり、仕事を続け、今に至っています。必死で駆け抜けてきた日々。振り返ることもありませんでした。

 

(*)遠藤楽(1927-2003):建築家。自由学園の図書館や記念講堂を設計。父はフランク・ロイド・ライトの片腕と呼ばれた遠藤新。楽氏も渡米しライトに学んだ。

20代のころ、遠藤楽さんと訪れたアメリカのフランク・ロイド・ライト建築で。(本人提供)

師の背中から教わったこと

 遠藤事務所では、現場に連れて行っていただくことに始まり、周りの人の仕事を見ながら設計図を引くことを覚え、模型を作る仕事などをしていました。楽先生からは、設計技術以上に、仕事に向かう姿勢や生き方を教えていただいたと思います。

 

先生は図面を描いても「ライトさんはこんなものじゃない」と、いつも師の背中を追いかけていました。シューベルトなどの交響曲がとてもお好きで、すべてが調和したときに醸し出される震えるほどの感動をどうしたら建築にできるだろうと、いつも追求されていました。ミセス羽仁と身近に接してこられたからでしょうか。人に対しても、男性だから女性だからという区別はありませんでした。

 

私自身、自由学園に通っているときには、教師室から讃美歌の声が聞こえてくると、「祈りの中で私たちのことを考えてくださっている」と感じていました。目に見えるものだけでなく、目に見えないものを大切にすることで生まれる信頼を知ったのだと思います。

 

楽先生の背中からも、目に見えるものだけではない、そこに生まれる空気を大切にすることを教わりました。私もこの仕事を通して、目に見えないものを大切にし、交響曲のようなハーモニーをつくっていける人でありたいと思います。

「自由学園の食堂の窓から見える空の景色が面白いと思ったのが、建築に興味を持ったきっかけ」

お客様の声を聴き、長く安らげる家を建てる

 これまで、約70軒の建物と携わってきました。多くは個人住宅です。新築の依頼があると、まず土地を見に行き、その場所の空気や風の流れなどの環境を見て、お客様の希望を伺いながら図面を引いていきます。

 

大切にしているのは、使いやすいこと、疲れない動線。そして、できる限りお客様の立場に立って、長く楽しんでいただけるものをつくることです。駐車場が必要か、二世帯で住みたいのか、子ども部屋をどうするか、物が多いのか少ないのか。物を出しておきたいのか、収納したいのか。そんなお話をうかがいながら、お客様がどんな暮らしをしたいのかに思いを馳せ、包まれているような安心感で過ごせる家を目指しています。

 

大事なのは、その人が10年後、20年後、30年後も使うものを提供しなければならないということです。長い時間で考えると、電化製品の進化も、社会の変化もあるはずです。それに対応することも意識しなければなりません。

 

80代で家を全面リフォームされた方が、10年経っても元気で喜んで過ごしてくださっており、私の務めをひとつ果たせたように感じました。建物や空間をつくる他に、時間軸も入る仕事。人の生き方に直接関わる仕事の重さを感じます。

 

建築は、生きる上での衣食住のすべての知識と、技術と、感性までが必要とされます。そういう意味で、学園の美術や体操や音楽で経験した、調和する楽しさ、作り出す感動、共に過ごすことの大切さなど、たくさんのことが今の仕事に生きています。建築のことを考えて眠れなくなる日もありますが、やめたいと思ったことは一度もありません。今後も、与えられた仕事に真摯に向き合っていきたいと思います。

藤川 曜子(ふじかわ ようこ)

1970年生まれ。自由学園女子最高学部卒業後、東京理科大工学部第Ⅱ部建築学科卒業。95年より遠藤楽建築創作所に勤務し、遠藤楽氏の最後の弟子となる。2004年に藤川曜子建築創作所設立。08年藤川湯沢建築創作所に改称。一級建築士。