安全性と快適性を追求、ついには24時間耐久レースへ

安全性と快適性を追求、
ついには24時間耐久レースへ

木立 純一
Jyunichi KIDACHI

本田技研工業株式会社 開発ドライバー

男子部 47 回生

2021年6月4日談

人間工学に基づいて、クルマの乗り心地をデザインする

安心感を生み出す「車の音」

 1991年に本田技術研究所に配属され、人間工学に関する部署に入りました。車の人が触る部分はすべて管轄となるので、視界の確保やスイッチ類の場所、椅子や後部座席、荷物の積みやすさや乗り降りのしやすさといったものはすべて見ていました。

 

私はドアの開閉音について研究をしていました。ドアの閉まる音は静かならいいかというと、「きちんと閉まった」という安心感を演出するためには、ある程度の音が必要なんです。技術的にはほとんど音を立てずに閉めることもできるのですが、わざと音が出るような機構にしています。これも人が安心して乗るための工夫です。これについては文化もあるのだと思います。頑丈なことでもよく知られるドイツ車は、このドアの音と厚みがすごい。これは、日本が障子の文化であるのに対し、ヨーロッパはドアにかんぬきをかける文化があったからではないかと考えています。

 

似たようなことは、最近開発が進んでいる電気自動車にも言えます。従来はエンジン音がしましたが、電気自動車のモーター音は非常に静か。とくに低速域では歩行者が車の接近に気づかなくて危険だという声もあり、わざと作った音をスピーカーで車外に流しています。これも人間工学を駆使して、雑音にマスキングされることなく、かつ聴こえやすい周波数の音というのを選んでいます。

学部時代の筑波サーキットでのバイクレース。ヘルメットには「JIYU」のステッカーが(本人提供)

人材育成の一環として、耐久レースに出場

 ただ、実際の開発に際しては、専門に分かれているため、一人で車1台を俯瞰してみるということが難しいのも事実です。人間工学も細分化すれば、シートしか見ない、スイッチしかわからないといったことになる。車の会社に入ったのに車を見ないことになり、提供価値が出しにくくなっているという課題があります。そこで会社側に、車1台を俯瞰して見ることができるような人材育成を提案しました。自己啓発の名目ならば支援可能という回答を引き出し、耐久レースへの参加を決めました。

 

レース参加となれば、専門外であってもエンジンをいじったりしないといけません。さらに備品の提供はしてもらえるものの、参加費等は自己負担。1回の参加でホンダ「ヴェゼル」が3台分くらいの出費になるので、資金調達もしなければいけません。これは日々の仕事ではやらない仕事なので、そういった面でも人材育成の効果があります。

 

先日も、富士スピードウェイで開催された「スーパー耐久」の24時間耐久レースに、市販車を改造した「ST-2クラス」として出場しました。オートバイのレースには学生時代から好きで参加していて、レースが続けられるという理由でホンダに入社したのですが、車の限界性能を試すためのレースというのはまた違う世界でした。開始30分でエンジントラブルが発生したのですが、事前に必要なパーツについて把握できていなかったため、栃木からパーツを取り寄せ、エンジン交換に9時間もかかってしまいました。電気系統のトラブルなどは、目で見てもよくわからないことが多く、経験を積む必要性も改めて感じました。

スーパー耐久の24時間耐久レース。ドライバーが木立さん。(本人提供)

テストドライバーは車の「ソムリエ」

 私は開発ドライバーとしての仕事もしています。ホンダは栃木に1カ所、北海道に1カ所、テストコースとしての「プルービンググラウンド」を持っています。栃木では「走る」「曲がる」「止まる」の基本性能を確認することを目的に、石畳や荒れた路面を再現したコースや、凍結路面、急坂や市街地を模したコース等、さまざまなコースを設けています。北海道では、ドイツやアメリカ、アジアの国々に実在する道路を、経年劣化で生じたひびまで再現したコースがあります。私は開発車をテストコースで運転して、その評価を行っています。

 

評価で難しいのが、主観で評価してはいけないということ。客観的な評価に基づいて、お客様にどういう価値を提供しなければいけないかを提案するのが私の仕事です。いわばソムリエですね。好き嫌いではなく、ブレーキがどうか、ステアリングがどうか。正確に語ることが求められます。視界のいい、悪いはだれでもいえることですが、「交差点のステアリングを90度切ったときにこれが見えない」と具体的に言えるかどうか。それが評価に必要な能力です。

 

創業者の本田宗一郎は「技術ではなく人の研究をしろ」と語りました。技術開発をしたから買ってくださいではなく、あくまで人が中心。最近入社してくる若い人も車離れが進んでいます。米テスラ(*)の電気自動車が「走るスマホ」と言われるほど、車も変化しています。将来的には、車の概念も変わってくることでしょう。それでも扱うのは人間自身であり、車にとって一番重要な要素は安全であることは変わりません。人と車の研究をしながら、これからも新たな価値を提供していきたいと思います。

 

(*)テスラ:イーロン・マスクCEO率いる米国カリフォルニア州に本拠を置く電気自動車メーカー。

テストコースを運転して評価する開発ドライバーは車の「ソムリエ」

木立 純一(きだち じゅんいち)

1968年生まれ。中等科より自由学園に学ぶ。1991年、最高学部卒業。在学中より2輪ロードレースに参戦し、就職後も継続するため本田技術研究所に入所。HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)領域の開発、評価に関わる。テストドライバーのSランクライセンスを持つ。現在は、組織統合により本田技研工業の広報を担当するほか、社内開発ドライバーの育成、ライセンス検定員を務める。また、業務外活動として2019年よりスーパー耐久シリーズにも参戦し、ドライバーを務める。