人の営みを切り取ることで心を揺さぶる作品を

人の営みを切り取ることで
心を揺さぶる作品を

公文 健太郎
Kentaro KUMON

写真家

男子部 60 回生

2018年8月11日談

2017年新宿アイデムギャラリーで開催された写真展「耕す人」にて

父にもらったカメラから始まった

 写真を撮るきっかけは、高等科3年生の時、ネパールから留学していたクラスメイトの家に遊びに行った初めての海外旅行です。友人の持っていた一眼レフが羨ましくなり、最高学部1年生の夏に、父親に「カメラが欲しい」と言うと、祖父の代から受け継がれてきたカメラを渡してくれました。このカメラは今では名機なんですが、「絞り」や「シャッタースピード」の調整が目盛りのついたダイヤルで簡単に調整できる特長がありました。理系の自分としては、その組み合わせをいろいろ試してみるのが単純に楽しかったんです。そして再びネパールに行き、そのカメラで撮った写真を一緒に行った仲間たちにも褒められたのが、写真家になる最初の一歩だったのかもしれません。

 

最初は大学院に進学するつもりでしたが、気づけば写真の魅力にハマり、先輩で写真家の本橋成一さん(男子部19回生)から雑誌や広告の撮影で活躍する山口規子さんを紹介してもらい、アシスタントとしてカメラの技術を教わることになりました。雑誌の仕事をする時は、人物や風景、料理、スポーツなど、さまざまな写真が求められました。「なんでも撮れる」というのは、実は業界ではけなし言葉でもあるんですが、僕は逆に「なんでも一番うまく撮ってやろう」と気持ちを燃やしました。

ネパールの農村にて(写真 公文健太郎)

見る人の心に訴えかける作品を撮りたい

 本橋さんには写真を見せたとき「上手に撮れすぎている」と言われました。これは単純に「きれいだね」としか言いようがない、作品としてはつまらないもの、という意味でした。ドキュメンタリーを撮る本橋さんには、「善と悪」「上手下手」といったような二元論で語れるような写真は魅力が乏しく映ったのでしょう。本橋さんからは人やテーマ、あるいは社会との距離の置き方を、その背中から学びました。こうした価値観を得たことは、今のような作品を撮る上での財産となっています。

 

僕が目指すのは「見る人によって感じたり考えたりすることが違う写真」です。僕が思っていることを押し付けるのではなく、見る人の中にいろんなことが蘇る写真の方が、「残る写真」だと思っています。戦争写真家のロバート・キャパの『崩れ落ちる兵士』が議論を呼ぶ理由は、見る人の心に何かしらの感情を呼び起こす力があるからです。時間をかければいい作品が撮れるというものでもなく、コンセプトやアプローチが大事なこともあります。

 

今は日本の農業をテーマにした『耕す人』(2016年、平凡社)をはじめ、シリーズとして完結させる作品を中心に撮っていますが、それを積み重ねていくことで自分の残したものが評価されるようになればいいな、と思います。写真集の中の1枚1枚の写真には、実はそこまでの思い入れはありません。「写真集」という写真の集合体で一つの作品だからです。ただ、広告の写真は1枚に重きが置かれるので、アプローチとしては全然違います。最近は写真集を見て「こういう感じでやりたい」と言っていただく広告の仕事も増えてきました。無印良品の広告はまさにそれで、自分の世界観で仕事ができるので、理想的な仕事でした。無印良品の仕事は惜しくも広告賞を逃しましたが、自分の写真でクライアントが評価されるわけですから、自分の写真集が評価されるよりも嬉しかったりします。今後、こういう仕事が増えていくことを願っています。

『耕す人』より(写真 公文健太郎)

人との出会いが「仕事」と「作品」に幅を与える

 僕は雑誌の仕事もやっているため、いろんな人に会う機会が多いのですが、そうした出会いの中から「自分にしかできない」と思えるテーマが見つかります。『耕す人』もJA関係の雑誌の仕事がきっかけでした。取材する中で見た農家の風景が、不思議と懐かしく思える。子供のころに田舎の祖母の家で過ごした記憶を呼び起こすような原風景だったのです。

 

僕が大事にしているテーマは「人の営み」です。風景というのは、人の営みが作り出しているものだと感じています。ネパールの子供たちや農家の人たちが暮らしている姿を作品とすることで、「自分が失ってしまったもの」を取り戻すことができるような気がしています。作品としては地味かもしれないけど、そこに深みや広がりを持たせることで、人によって「きれい」と見えたり「悲しい」と感じたり、感情を揺さぶる写真が撮れるのだと思います。

 

人との巡りあわせと、テーマを面白がる姿勢を大事にしてきて今があります。大切にしたいのは「仕事」と「作品」のバランス。「仕事」だけでは新しい仕事はもらえないし、「作品」だけでも食っていけない。だからどれだけ仕事が忙しくても作品は撮り続けています。

見る人の心に何かしらの感情を呼び起こす写真が撮りたい

公文健太郎(くもんけんたろう)

1981年生まれ。2002年自由学園最高学部卒業後、山口規子写真事務所、本橋成一事務所でのアシスタントを経て、フリーカメラマンとして独立。2004年に卒業制作として初の写真展を開催、以降2009年からはほぼ毎年写真展を開く。2012年、日本写真協会新人賞を受賞。写真集『大地の花』『耕す人』、写真絵本『だいすきなもの』、フォトエッセイ『ゴマの洋品店』等、作品多数。