エモーショナルな映像を撮りたい

エモーショナルな
映像を撮りたい

大久保 拓朗
Takuro OKUBO

映像ディレクター

男子部 60 回生

2016年10月21日談

社内の編集室でMVの編集作業の真っ最中

アーティストとファンを喜ばせたい

 セップという映像制作会社でディレクターをしています。主な仕事はミュージックビデオ(MV)の制作。ポピュラー音楽の新作が出ると、広告の一環として作られる映像です。

 

ちょうど一昨日も、ある歌手の方のMVの撮影をしてきました。だいたい撮影は1日。早朝から深夜まで複数のロケ地を回ることもあります。

 

MVの制作は、僕のところへ曲の音源が送られてくるところから始まります。それを聴いてイメージを膨らませ、アーティスト本人の希望などを聞いて、企画書を書きます。その後、衣装やメイクなどの具体的な相談をし、ロケ地の候補を制作部の人に出してもらって、撮影場所が決定します。それから最終的なプレゼンとなり、撮影当日を迎えます。その後はだいたい1~2週間で編集作業をして納品です。

 

今年でこの業界に入って10年目。これまでにMVを100本以上作ってきました。たくさん作っていると、MVの王道の作り方、たとえばサビの部分ではこう撮るでしょう、という型のようなものが、良くも悪くも身につきがちです。でも僕は、それを全部取り払って、常に新しいもの、今まで誰も見たことがないものを作りたいと思って仕事をしています。それは、曲を作り歌っているアーティスト、そしてそのファンの方たちを喜ばせたいからです。一種のサービス業とも言えるかもしれません。

大久保さんの制作したMV作品のキャプチャ画像 Laugh out loud! Records NMB48 甘噛み姫 2016

初めてのマイノリティの感覚

 映像ディレクターを目指した理由は、父が音楽好きで、兄が映像好きだったことが大きいです。その両方に携われるMVの制作がしたいと思っていましたが、MV専門の制作会社の新卒採用自体少なく、僕も業界について詳しく分かっていませんでした。学部4年の時には、広告制作会社や映像制作会社を対象に、就職活動をしたものの全滅でした。

 

学園を卒業した先輩に自分の考えを聞いてもらったら「お前が何をやりたいのかまったくわからない。芯がない」と言われてへこみました。同時にムッとしましたが、でもきっとそれが本当だったから、受からなかったのだと思います。

 

こんな漠然とした思いだけではだめだ、と留学を決意。親に頼んで留学資金を出してもらい、イギリスで2年間映像制作の勉強をしました。ロンドンで勉強をしたといえば聞こえがいいですが、僕にとってこの2年間は本当につらかった。学校の生徒は9割がイギリス人で、在籍した「監督コース」40人中、アジア人は僕だけでした。

 

イギリス人は外国人に優しい部分もあり、最初はあたたかく見てくれていたのですが、周りの英語が早すぎて理解できず、僕はどんどん話せなくなりました。すると「こいつあんまり面白くない。意見言わないし」と思われて、相手にされなくなったんです。

 

それまでの人生で味わったことのない、マイノリティの感覚でした。一人だけ、ジンバブエからの留学生が仲良くしてくれて、彼のおかげでなんとか卒業できましたが、イギリス時代のことは僕の中で傷になっていて、最近まで誰にも話せませんでした。

 

ただ、よかったのは、度胸がついたこと。向こうの授業では日本人が1人もいない中、100人くらいを前にして、英語でプレゼンをしなければならなかったので、日本で就職するため今の会社を受けた時には、面接で「日本語がわかる相手に話すなんて楽勝!」と思いました。わりと堂々と話せたのでしょうね。とんとん拍子に就職が決まりました。

大久保さんの制作したMV作品のキャプチャ画像 UNIVERSAL MUSIC RADWIMPS 記号として 2015

生身の人間を見て、感じる

 入社してから4年間は、プロダクションマネージャー(PM)をしました。簡単に言えば何でも屋です。お弁当の発注からスケジュール管理、各セクションとの予算交渉など、大変でしたが、5年でディレクターになると自分で決めていたので、乗り越えられたのかもしれません。

 

PMの2年目でライブ映像を編集する仕事を、3年目には、あるバンドのMVを作るチャンスをいただきました。その時は楽しくてしょうがなかったですね。いまだに最初のMV作品は見返します。自分がどういう感覚で作っていたのかを確認したくなるのです。

 

ディレクターはそれぞれ、CGに強いとか、独特な世界観があるなどの強みを持っています。でも僕はグラフィカルなことはできないから、撮ってつなぐしかない。そうなった時に、よりエモーショナルなものを作りたいと思っていることに、最近気づきました。

 

映像を作る時は、ディレクター以外にアーティスト、カメラマン、照明の人がいます。

もちろん僕は「こういう感じにしたい」という期待像を持ってのぞみますが、それぞれが自分なりに「これがいい」という演出をしてくれるのが好きなんです。常に全員が自分で考えて行動する。これは僕が学園にいた時から、自分に言い聞かせていることでもあります。

 

たとえばカメラマンに、「全身が入るように撮って」と伝えてあっても、アーティストの一瞬のすごくいい表情をカメラマンが思わず寄って撮る、ということもあるわけです。そういう自分一人の演出ではできない現場での化学反応が起こった時が最高で、その映像を編集するのは本当に幸せです。

 

結局僕は、生身の人間を見て、感じたい。そしてそれを映像で表現したいんです。

大久保 拓朗(おおくぼ たくろう)

1982年生まれ。2004年自由学園最高学部卒業。同年9月から06年9月まで、ロンドンのRavensbourne College of Design and Communication(現:Ravensbourne)で映像制作を学ぶ。帰国後07年(株)セップ入社。制作部プロダクションマネージャーの後、11年より演出部ディレクター。主なMV作品に、阿部真央「女たち」(2016)、東方神起「サクラミチ」(2015)、吉井和哉「(Everybody is)Like a Starlight」(2015)、ゲスの極み乙女。「パラレルスペック」(2014)、AI「ハピネス」(2011)他多数。