自然への畏敬の念を忘れず、食への感受性を拓く

自然への畏敬の念を忘れず、
食への感受性を拓く

﨑元 生歩子
Kihoko SAKIMOTO

よろづや いっかく

女子部 81 回生

2021年4月27日談:オンライン

「よろづや いっかく」にて

「食のストーリー」が食卓を豊かにする

 長野県の安曇野で八百屋を営んでいます。基本的に野菜は地域の物しか扱っていないので、レンコンやレモンなどは置いていません。その季節のものを美味しくいただくため、「野菜の食べ方の提案」として、毎朝お惣菜やお菓子を作って売ったりもしています。ビーツやケールといった食材は、なかなか家庭で調理する機会は少ないと思いますが、こうした「食べ方の提案」をすることで、お客さんが手に取ってくださるようになるんです。「目の前にある旬のものを食べよう」という提案をしていくことは、私たち八百屋の重要な役割です。

 

加工品も畑のサイクルに従っています。晩春から秋にかけては野菜が多いですが、その間も端境期があり野菜の収穫が少ない時期があります。冬になれば貯蔵のネギと人参と大根ばかり、と販売する野菜に偏りも出ます。夏場に「サラダ菜はないの?」と聞かれることもありますが、葉物の露地栽培はだいたい6月頃までで、あとは初秋からになる。そういう話をすると、お客さんも畑のサイクルがわかり、そうした質問も減っていきます。

 

私は食のストーリーを大切にしています。誰が何を思って作ったのか。その意識が消費者に根付くことで、食の循環がより大切にされます。畑の条件も毎年同じではありません。生産者や畑の存在が身近であれば、より意識は高まると思うのです。生産から消費に至るまでのフードマイレージを考えれば、日々の食卓は地元の食材を使う方が好ましいですし、農家さんの支援にもなります。農家さんはいい野菜を作っても販売面では時間が十分なかったり苦手だったりするので、私たちはその出口の部分をお手伝いしているのです。

「野菜の食べ方の提案」は八百屋の役割

夫との出会いと妊娠で食への意識が変わった

 食に関心を持ったのは、高等科2年でイギリスにホームステイをしたとき。料理好きのホストマザーと出会い、私も料理の楽しさに目覚めました。夏休みの宿題で、20品目を作るという課題があったのですが、私は40品目を作り、その頃から料理ノートを書いています。料理の仕事にも興味があったのですが、飲食関係の人は皆、口を揃えて「キッチンはやめた方がいい」と言うので(笑)、サービスの道を選びました。それならワインの知識もあった方がいいだろうと、在学中にワインスクールにも通いました。

 

卒業後はホテルオークラに就職。その後、よりワインと深く関われるフレンチレストランに移り、そこで料理人の夫と出会いました。夫は「畑のすぐそばで、自然に寄り添った暮らしをしながら料理がしたい」と話していたのですが、正直、私はその時にはあまり関心がありませんでした。

 

マクロビオティックの宿、シャロムヒュッテのレストランで働くために夫が安曇野に移住した2年後に、私も移住して結婚。私の意識が変わったのは妊娠してからです。自分の食べたものが子どもの身体になっていくということを感じたのが、大きな経験でした。妊娠は野生に還ったかのような原体験で、衣食住に気をつけたいと加速度的に思うようになったんです。また、出産後の授乳期には、食べたものによって、子どもの情緒にも影響が出るのが感覚としてもわかりました。

ビーツとオーガニックココアの米粉蒸しパンも手作りで

子どもたちとともに食と地域の循環を考える

 シャロムヒュッテに訪れる人たちはすでに食や環境に対する意識を持った方たちが多かったので、もっと色んな方に門戸を広げようと、2015年に穂高の駅前にカフェレストランを開業しました。しかし子育てをしながらのレストランの日常は、朝から晩まで多忙で、有機的で健康な暮らしとは程遠く、時間や体力の「余白」がないという現実と、フードロスの問題にも直面しました。

 

そんな中、夫の提案で八百屋を開業することになり、試行錯誤の末、レストランを閉め、八百屋の運営に専念することになりました。野菜の廃棄が出ないよう、最初は残った野菜で料理を作って、農家さんたちと情報交換の場をつくってシェアするなど工夫していましたが、「自分たちの食卓だけではなく学びとして地域の子どもたちと良い食材をシェアしたい」と夫が話したことがきっかけで、今は地域の小学生を対象にした五感を育む料理の塾を、1〜2ヶ月に1度開催しています。

 

昨日は「二十四節気を学ぶ」というテーマで、旧暦について触れながら春の土用の時期なので体を調える食事をしよう、という話をし、薬膳を取り入れた調理実習をしました。食材がどこからきているのか、グーグルアースを使ってトレーサビリティを考えるといったこともしています。

 

こうした五感教育と食育のアプローチが各地のシェフとオーガニック野菜を軸に展開されれば、食文化のボトムアップをしつつフードロスの軽減にもつながり、地域の食の循環にも各々の目が自然と向くようになります。コロナ禍の働き方の変化によって暮らしや食のあり方に改めて関心の高まる昨今、森や土とのつながりを大切にしながら、自然に対する畏敬の念を忘れずに、自分の周囲から、豊かな食への感受性を広げていくことができたらと願っています。

人参の自家製糠漬け「腸寿食」内臓感覚について学ぶ授業(本人提供)

﨑元 生歩子(さきもと きほこ)

1982年生まれ。中等科より自由学園に学ぶ。2003年、最高学部卒業。在学中よりワインスクールに通い、2004年にJSA認定ワインエキスパートの資格を取得。ホテルオークラ、フレンチレストランでの勤務を経て安曇野に移住。2015年にカフェレストラン「Glocal Foods NAVEL」を開業。2018年に穂高神社横に「よろづや いっかく」をオープン。