私の強みは誰にも教わらなかったこと

私の強みは誰にも
教わらなかったこと

浅野 桜
Sakura ASANO

デザイナー

女子部 83 回生

2019年1月11日談

Adobe MAX Japanでのワークショップ、背景のロゴもデザインを担当

女子部の異端児。学業報告会が原体験となる

 2015年に「タガス」という名前の会社を立ち上げ、デザイナーとして印刷物やウェブデザイン等を手掛けています。デザインの仕事を志すきっかけとなったのは、高等科1年のときの学業報告会でした。

 

当時は今のようにPCを使ったプレゼンテーションではなく、大判の紙に図表を描いたものを吊るして発表していました。このときのテーマは生物で、「アフリカツメガエルの発生」について、写真をスライドにまとめる係になったんです。そんなとき、父からPower Pointの存在を教わり、スライドよりもきれいに写真を見せることができると知りました。私はとくに裁縫が苦手で、女子部の生徒が会得するスキルが低かったのですが、Power Pointを使った発表を取り入れることで、「できない私にも活躍できる場があるんだ」ということに感動したんです。当時はPCの授業もありませんでしたし、電化製品の持ち込みもダメと言われていた時代なので、世に出始めた頃のインターネットをいじくったりするのを楽しむ「異端児」の私でも、できることがあるというのは非常にうれしいことでした。これが私の原体験です。

 

高等科3年生で進路を考えたとき、雑誌の編集という仕事にあこがれを持ち、最高学部に行かずに編集の学校に行くことも考えていました。しかし、デザインはいろんなジャンルに通じることから幅広に勉強した方がいいだろうと思ったことに加え、小手先だけ勉強しても美大の人には負けると思い、学部進学を選択しました。最高学部では、空き時間に大柳陽一先生にいろいろ教えてもらいつつ、小さい劇団のチラシを作ったり、IllustratorやPhotoshopを使って携帯電話の待受画面のイラストを作ったりしていたのですが、ちょうどグラフィック系デザイン誌『MdN』に投稿した作品を楽天トラベルの方が見て、イラストを製作する仕事を依頼されるようになりました。その仕事をやりつつ、普通に就職活動をして、卒業後は印刷会社に就職しました。

身に付けたPCスキルが女子部の生活で役に立ったことが嬉しかった

初めての執筆が仕事を呼び、独立への道に

 印刷会社ではデザイン部門でホームセンターのチラシ製作などをしていましたが、就職して2年半後にリーマンショックが起きました。その時に「私がここで働けている理由は年齢だけではないだろうか。それならば違う仕事をやった方が良い」と思い、3年弱勤めて転職しました。

 

次の会社は横浜にある小さな化粧品会社でした。そこでは、ネット通販のサイトデザインとスキンケア商品のチラシ製作をやっていましたが、少人数ということもあり非常に成果が求められるところでもありました。デザイナーの上司がいなかったこともあり、ウェブデザインと紙媒体、両方自分が好きなようにできたことや、一人でやるのが当たり前だったので何があっても動じなくなったことは、この時に得られた経験です。この会社には6年半勤めていました。

 

このとき、初めて本の執筆をしました。デザインソフトの効率的な使い方を書いた『神速』シリーズの1冊目で共同執筆をしたのですが、実は当初執筆予定だった人の代打だったんです。1冊目を書くと「本を書いた人」という肩書ができるので、その肩書がまた新しい仕事を呼ぶようになりました。その結果、 IllustratorやPhotoshopなどのデザインソフトで有名なアドビのコミュニティエバンジェリストの初代メンバーに認定されました。そのおかげで、「十分知識がある人に見せかける」ことができたので(笑)、独立という選択をしました。

ウェブ制作者向けセミナー「shift」での登壇(写真:イイダ マサユキ)

自分が遺したもので人を幸せにしたい

 デザインはセンスと一般に思われがちですが、8割はロジックです。相手が何を望んでいて、どの程度の情報量が適切かを考えれば、自ずとデザインは絞られるものです。あとは経験がモノを言う世界です。

 

私の強みは誰にも教わってこなかったことです。だからこそ、私の経験を人に伝えることが社会貢献にもなると考えています。私たちはいずれ死んでいくわけですから、私が遺したもので人が幸せになってくれれば、社会は良くなっていくと思っています。会社をやる上では、こうした社会貢献や理念が必要だと思うので、たとえば最近は、働くことに対して支援が必要な方が通う就労支援施設向けにデザイナーになるためのデジタルコンテンツを納品したり、講義したりしています。

 

私は「手を動かして稼ぐ力」を大事にしています。自由学園では生き方や思想といったものを学びましたが、思想だけでは生きていけないのも事実です。一方で、将来を考えると、より広い思想を持つためにも30代のうちに勉強をしようと思い、昨年10月に武蔵野美術大学の通信教育課程に入学しました。まだ基礎課程ですが、色彩系の課題については良い点をいただいています。この色彩感覚は、自由学園の美術教育で培われたものかなと感じています。

 

卒業生のことを「自由学園の手紙」と言いますが、さまざまな場所で講義をするときに自由学園のことを聞かれることも多く、まさにエバンジェリスト(伝道師)となっています。こうした形でも自由学園に、そして社会に貢献できればと思っています。

執筆した著書の一部は、海外翻訳版も出版されている

浅野桜(あさの・さくら)

1985年生まれ。2007年自由学園最高学部卒業後、印刷会社、化粧品会社でのデザイン業務を経て、2015年11月に株式会社タガスを設立。共著に『神速Photoshop グラフィックデザイン編』(アスキー・メディアワークス)『ウェブデザイン必携。 プロにまなぶ現場の制作ルール84』(MdN)などがある。2019年4月には『はじめるデザイン―知識、センス、経験なしでもプロの考え方&テクニックが身に付く』(技術評論社)を上梓した。