絶対に文句は言わない、ずるはしない

絶対に文句は言わない、
ずるはしない

櫻井 彩子
Ayako SAKURAI

フリーアナウンサー

女子部 75 回生

2016年9月22日談

最近はイラストの仕事を引き受けることも増えている

オーディション合格は10本に1本

 私は映画が好きで、大学時代にエキストラのアルバイトをしていました。その事務所が学生リポーターを育てたいということで声をかけられ、在学中からDELLの社長にインタビューしたり、大田市場でせりの取材をしたりと、なかなか普通ではできない経験をし、これを仕事にしたいと思っていました。

 

ところが、大学3年の時に父が亡くなり、自分で稼いで生活していくためには安定した仕事に就かなくてはだめだと、一般企業に入社。それでも、あきらめきれずにアナウンサー養成学校に通いました。

 

養成学校在学中から番組のオーディションを受け始め、アナウンサーの仕事も開始。その後、会社の仕事は辞めて、フリーアナウンサーになりました。父が金融関係の仕事をしていたので、自宅には関連本がたくさんあり、会話の内容も金融のことが多い環境だったので、経済番組に強いアナウンサーを目指しました。

 

オーディションは10本に1本受かればいいくらい。3年目ごろまでは、オーディションに落ちるたびに原因を考えていたのですが、とある企業のCMのオーディションがあり、競争率が500倍くらいだったのに受かりました。そこで、どうして受かったのかを聞いたら「一番帰国子女っぽかったから」と言われたんです。それを聞いたとき、自分がいろいろ準備しても仕方ない部分のほうが大きいのかなと、肩の力が抜けました。

教育関係の解説VTR制作中のひとこま(本人提供)

自分の強みを持つ

 アナウンサーの仕事で特に気を付けているのは、自分が納得した内容を話すということ。たとえ台本に書いてあったとしてもそのまま読まず、疑問があれば制作の方に質問し、納得してから読むようにしています。

 

もう一つは、その場にいる人が気持ちよく話せるように、気を配ること。たとえばいろいろな企業のトップの方にお話を聞くラジオ番組では、事前に1時間ほどゲストと打ち合わせをするのですが、そこでいかにリラックスしてもらい、本番に向けてよい雰囲気をつくれるかを考えます。

 

ここでは、自由学園で学んださまざまな経験が生かされています。ありとあらゆる業界の方にお会いしますが、一度も話題に困ったことはありません。

たとえば、NGOの代表で子どもたちと登山をしている方とは「学生時代の遠足で、ニッカボッカを履いて山登りしました」と学園での経験を話すと、「ニッカボッカを知っているの?!」と驚かれて一気に距離が縮まりました(笑)。当時の東京芸術大学の学長とは、油絵の話で盛り上がりました。学園にいた頃から美術が好きで、趣味で描いたイラストが番組のリスナープレゼントになったこともあり、今では仕事のひとつになっています。さまざまな経験を積めば積むほど、自分のベースは学園生活で作られたものだと感じます。

 

私の強みは、アドリブが効くこと。キャスターを担当したレギュラーの経済番組でも、5年目くらいから制作の人に「適当に質問を入れて」と頼まれるようになりました。

 

金融系の番組は、リスナーも金融に強くてひと癖ある人が多いので、私のようなキャスターが初歩的な質問をアナリストにすると、「そんな素人をキャスターにするな」とクレームがきます。すると、キャスター自身も、アナリストのようなコメントを求められるようになってしまう。でもそれは、私のスタイルと違うと思いました。私が素人だと言われても構わない。内容がわかりやすく、伝わりやすくなればそのほうがいいと思って、あえて初歩的な質問もしました。

 

そうやって現場の数を重ねていくと、前の番組でご一緒したアナリストの方が、他の番組に推薦してくださり、だんだん仕事がつながっていくようになって、5年目くらいから「仕事が回りはじめたな」と感じました。

担当していたレギュラー番組「21世紀のカタチ」収録後の一枚。メインキャスターの林信行さん、ゲストの畑中洋亮さんと(本人提供)

その場所で一番になる

 学園卒業後は、大学に進学してからも、就職してからも、常に私は「ここで一番になる!」と思ってやってきました。「天下をとる」くらいの心意気で(笑)。

 

進学した大学は第一志望ではなかったのですが、父が病気で浪人はできず、妥協して進学しました。その大学が英語に強かったのでとことん勉強し、入学時には一番下のクラスだったのに、1年後には一番上のクラスになった。そこで身につけた英語力は就職してからも役立ちました。当初希望した大学ではありませんでしたが、頑張ったなりの学びがあったと思います。

 

アナウンサーというのは代わりがいくらでもいる仕事ですから、「櫻井さんでないと困る」と言われる仕事をしようと思っています。そのために絶対に文句を言わない、悪い事やずるはしない、という信念をもってやってきました。

 

人生は思い通りにならないこともあるけれど、ふてくされずに与えられた場所で頑張ることで、ついていく力は必ずあると思っています。

櫻井 彩子(さくらい あやこ)

1979年生まれ。1999年自由学園最高学部卒業後、東洋英和女学院大学入学。在学中からリポーターの仕事を始める。03年(株)三菱総合研究所社内派遣研究アシスタント。06年フリーアナウンサーとなり、「マーケット・アナライズ」(BS12chTwellV)、「夢企業探訪」(ラジオNIKKEI)他多数のレギュラー番組、単発でのCM、テレビ番組等を担当。これらの仕事と並行し、10年より産業カウンセラーとして東洋英和女学院大学就職相談員を6年間務めた。夫の仕事の関係で、ビザが下り次第渡米予定。