「つながり」を発見する面白さを伝えたい

「つながり」を発見する
面白さを伝えたい

島津 秀康
Hideyasu SHIMADZU

英国・ラフバラ大学 講師(統計学)

男子部 58 回生

2019年9月6日談

自由学園にて

きっかけは卒業研究

 現在、イングランド中部にあるラフバラ大学で統計学を教えています。データ解析、モデル構築から新しい価値の創出を目指すデータサイエンスを軸に、主に世界の生物多様性変化について研究しています。

 

これまでを振り返ると、偶然が重なりながらも、自由学園での学びが大きく影響していると感じます。2つ挙げると、最高学部での統計学との出会いと卒業研究です。学部1年生で初めて統計学を学び、分野に関係なくデータから推論を引き出す、数学を使った帰納的な考え方の面白さに惹かれました。卒業研究では、男子部で長年続けられていたバードセンサスと東久留米市の宅地化のデータから、観察された鳥種の多様性の変遷を調べました。そこで、文献に当たりながらデータ解析をしっかり行なっている研究が少ないことに気づいたんです。自分でやってみようと思い、大学院へ進学しました。

 

海外で仕事をするようになったのは偶然です。博士課程の最終年次にオーストラリアの研究機関に1か月半滞在する機会がありました。その時たまたま、オーストラリア政府が海洋保護区策定プロジェクトで募集していたデータ解析担当者に応募してみないかと誘われたのです。一生のうちで海外の職に応募する機会もこれぐらいだろうと記念応募したところ、採用されてしまいました。

 

結局オーストラリア政府に4年ほど勤めました。その後、スコットランドの大学でさらに4年ほど、生物多様性の変化に関する研究プロジェクトに参加して現在に至ります。流れに身を任せていたら、どんどん日本から遠くなってしまいました。(笑)

スペインでの学会発表(本人提供)

知を知識たらしめる体系化力の涵養が大学の役割

 大学の在り方については、さまざまな考え方を体験してきました。僕は自由学園や大学院で、自身の専門に対して哲学を持った個性的な先生方から学んだこともあって、授業とは「先生の価値観やものの見方から学ぶ場」だと思っていました。一方で、学生の中には「いかに試験でよい成績をとるか」が重要で、それを助ける先生や授業が良いと考える人もいます。

 

以前、ある学生から「期末試験の過去問がないと勉強ができない」と言われて驚きました。僕の授業は板書から練習問題・解答例まで、すべての教材がオンラインでいつでもアクセスできるようになっています。「試験のために過去問を解くことが大学での勉強」と思えば、それらの教材は直接役立つものではないでしょう。「試験に出る事項はすべて講義スライドに書くべき。録画を見直すのは時間の無駄」と言われたこともあります。

 

最近は大学の授業を含め、何でも「簡単で分かりやすいこと」が良いとされる風潮があります。そうすることは決して難しいことではありません。一言で説明できないことはなかったことにして、物事を手ごろなサイズの「単元(トピック)」に分割してしまえばいいのです。単元は互いにつながりのない独立したものにすればいい。そのように授業を「知としての単元の伝達」に特化すべきとの考えもあるでしょう。一方で僕は単なる「知の伝達」は大学教育とは思わない。単元が互いにどのように結びついているのかを見出して、初めて知識を得たことになると思うのです。

 

大学は、学生が自身を追求する場所であり、そこで自分の知を体系化する訓練をすることが、将来への財産になると信じています。「実学」を重んじる自由学園において、これは要でしょう。自分の中で体系化できていない経験知、あるいは暗黙知は単なる「思い出」にしかなりません。僕は最高学部で、統計学のほかに物理、化学や生物など、広く触れる機会がありました。一見関係ないと思えるもの同士の結びつきを見出すことで、知識が体系的になってくる。体系化してみると、それまでにない新たな視点が得られる。そして、新たな視点が得られれば、物事や世界をまた違った角度から見られるようになる。こんなに面白いことはないと思うのです。

共同研究者たちと(本人提供)

「つながり」を見出すことが世界を広げる

 サイエンスでは、今や多くの成果が英語という言語で発表されます。そうなると「簡単で分かりやすいこと」とは「英語で表現されたときに」という制約が付くことになります。伝達手段としての言語の限界を超えて、物事を理解するには「つながり」を見出すことが大事です。これを「構造」「体系」あるいは「ロジック」と呼ぶ人もいます。面白いのは、各人が見出す「体系」は同じ対象であっても人それぞれだということ。自分のものとは違う体系に触れて自分のものを相対化する。これがまさに新しい視点、軸を得ることであり、独創性だと思います。

 

データサイエンス、統計学はデータから新しい価値の創出を目指す、分野横断的な学問です。異なる分野の専門家と議論を重ねながら、データからまだ気づかれていていない「つながり」を見出すのです。そして新しい視点で物事を眺め世界を広げていくことが、データサイエンスの醍醐味です。これは学問の垣根を超えたところで、経験からの学びを重んじる自由学園での「実学」の精神と相通じるものを強く感じます。さすがにこればかりは偶然ではないように思うのです。

自分の知を体系化する訓練が将来の財産になる

島津 秀康(しまづ ひでやす)

男子部中等科より自由学園で学び、2002年自由学園最高学部4年課程卒業。2008年慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。豪州政府地球科学機構、英国・セントアンドリュース大学を経て、2016年より英国・ラフバラ大学で統計学講師として勤務。専門分野はデータ解析、モデリング、生物多様性。