子供たちの未来に選択肢を与えたい

子供たちの未来に
選択肢を与えたい

田中 眞
Makoto TANAKA

Framestore シニア・テクニカル・アーティスト(イギリス在住)

男子部 49 回生

2018年10月15日談

ロンドンのFramestoreのオフィスにて(本人提供)

注目を浴びる先端技術「VR」とは

 私はいま、英国ロンドンで、ハリウッド映画のVFX(視覚効果)制作を行うFramestoreという会社のVR(バーチャルリアリティ:仮想現実)部門で、シニア・テクニカル・アーティストを務めています。

 

VRは、ヘッドセットを装着し、そこに投影された映像などから「仮想世界」を体験すること等が可能な技術ですが、そこにはさまざまな技術が使われています。たとえば、VRで見る映像はコンピュータ・グラフィックス(CG)ですが、こうしたCGは「アーティスト」と呼ばれる人たちが制作しています。

 

アーティストにもさまざまな分野があり、実際に描画をする人のほか、色や質感といったテクスチャーを担当する人、光の当たり具合を調整するライティングや、それらを基に物体表面の色を決めるシェーディングを担当する人、生物や物体の動きを再現するモーションを担当する人などがいます。さらに、実際にこれら人の動きに合わせて制御するためのプログラムを組むプログラマーがいます。

 

アーティストは芸術肌な人が多いのに対し、プログラマーは理論先行型の人が多いため、「アート」と「技術」の融合が難しいことは多々あります。私の仕事である「テクニカル・アーティスト」は、その人たちの橋渡し役です。

 

VRはいま、第2次ブームと言われています。最初のコンセプトの提唱から時間はかかったものの、ようやく実用に耐えうるレベルでのコスト、クオリティで制作が可能となったため、今後さまざまな分野で活用が進むことが期待されている技術です。大きな特徴として、既存のテレビゲームなどでは「自分がコントローラーでカメラを動かす」のに対し、VRでは「自分の頭の動きがカメラの動きになる」こと。その差は大きく、没入感が得られることで、よりリアルな体験が可能となっています。

Framestoreのロビーにて(本人提供)

憧れの仕事をしても満足できなかった

 最初に就職した企業はCGとは無縁で、しかも管理部門に配属。3年ほど在籍していましたが、これは一生の仕事ではないと思い、興味のあったスポーツマネジメントを勉強しようと大学を受験しました。結果は不合格でしたが、ここで「壁を乗り越える努力」を知り、今度は留学しようと、英会話教室に通い始めました。

 

そんなとき、たまたま入った銀座の洋書店で映画のSFX(特殊効果)専門誌と出会い、CGの魅力に取りつかれました。そして、当時大ヒットしていた映画『ジュラシックパーク』のCG技術に感銘を受け、映画のCG制作を目指すようになりました。

 

会社に勤めながら、デジタルハリウッドという学校に半年通い、さらに映画CGの勉強を進めるために会社を辞めて1年。デジタルハリウッドのアメリカ進出の際にCGなどの指導を行うティーチングアシスタントの募集があったため、チャンスと思って応募したら採用となり、そこから1年半はアメリカ・サンタモニカに。帰国してからは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に入社し、プレイステーション向けのゲーム制作を行っていました。2年ほど経って、エレクトロニック・アーツという外資系企業の日本支社で再びゲームを制作。所属していた部門が閉鎖となるタイミングで、イギリス支社に転属となり、2003年に渡英。そこからずっとイギリスで生活しています。

 

10年ほど勤めたこの会社には一流の技術者も多く、非常に勉強になりました。そんな中、同僚が転職していたDouble Negativeという会社に推薦を受けて転職。ここで初めて憧れだった映画のVFX製作に関わることができました。私の担当はライティングやシェーディング。映画『白鯨との戦い』に出てくる水の表現などをはじめ、4~5本の映画に関わったのですが、実は私自身は映画自体に興味があったわけではなく、CGが好きなんだということに、このとき初めて気づきました(笑)。映画もゲームも華やかな業界ですが単調な作業も多く、楽しさを感じられないこともありました。さらに「果たしてハリウッドの娯楽作品をつくることに、どんな意味があるのだろう。それで社会は良くなっているのか。とくに子供たちにとっての良い社会が作れているのだろうか」と疑問に思うようになったのです。

自由学園体操館にて

子供の視野を広げることで、社会をよくする

 その時に出会ったのがVRやMR(ミックスドリアリティ:複合現実)といった技術です。Framestoreが製作したVR技術を活用した “Mars Bus” には衝撃を受けました。街中を走りながら、普通の窓ガラスに、突然、火星の映像が映し出されるのです。子供たちはバスに乗りながら火星の旅を楽しめる。こうした経験は想像力を養うことにもなりますし、何より楽しいですよね。

 

VRやMRが教育現場に取り入れられれば、子供たちの視野を広げることができます。実際に体験が難しいことも疑似体験が可能になるわけですから、多くの選択肢を与えることができるのです。それこそが、未来を拓く子供たちのためにできる良い仕事ではないか。そんな思いを胸に、現在の会社に籍を移すことになりました。

 

学校時代の勉強は無味乾燥になりがちですが、たとえばCG制作にはベクトルの計算は必須です。学生のうちにそれを知っておけば、どれだけ勉強が楽しくなるでしょう。英語もいまだに苦労していますが、「通じなくて当たり前」と思いながらもコミュニケーションをとる努力をすることで、何とかなっています。男子部のときに習った英作文の授業が一番役に立ったと感じています。

 

私は19年間自由学園で生活してきて、社会に出て初めて世界の広さを知りました。自分は根っからの楽天家で「何でもできる」と思ってしまう性格だったので、さまざまなことにチャレンジして、いろんなものを見たり経験したりすることの大事さを実感することができました。その経験を踏まえ、VRやMRを通じて、外に目を向けることのできる機会を提供したいというのが、私の願いです。

「Field Trip to Mars」Framestoreのウェブサイトより

田中眞 (たなかまこと)

1970年生まれ。1993年自由学園最高学部卒業後、日本ユニシスを経て、CGの勉強を始める。1997年に渡米。帰国後1999年ソニー・コンピュータエンタテインメント入社。2001年にエレクトロニック・アーツに転職、2003年に渡英。2010年にDouble Negativeに入社。2016年Framestore入社。