漬物文化を通して「王道の価値観」を提供する

漬物文化を通して
「王道の価値観」を提供する

上澤 佑基
Yuki UWASAWA

上澤梅太郎商店 取締役

男子部 64 回生

2020年7月2日談:オンライン

上澤家の伝統家屋を改修した「汁飯香の店 隠居うわさわ」にて。

家業を継ぐのは当たり前のことと受け入れていた

 上澤梅太郎商店は江戸時代に創業して以来400年の歴史を持ち、その歴史の中から「たまり漬」が生まれました。私は創業から数えて14代目に当たります。子どものころから「事業は継続が大事。お前がやるしかない」と家族や周りから言われ続け、道端を歩いていても知らない人から「跡継ぎ」と言われるほどでした。だから家業を継ぐのは当たり前のことだと思っていましたし、食べ物や発酵技術に興味があったので、とくに葛藤もありませんでした。歴史の重みというプレッシャーもありますが、下駄をはかせてもらっているとも感じています。

 

祖父の代から自由学園で学んでいますが、最初の関わりは曾祖母でした。宇都宮大学の教育学部で教授をしていた曽祖母の姉に誘われ、ミセス羽仁の小山での講演会に参加したそうです。そして、その講演に大きく感化された曾祖母姉妹が自分たちの子どもを自由学園に入れたのです。曾祖母は2012年に103歳で亡くなりましたが、私が自由学園に行ったことをとても喜んでいました。

 

最高学部卒業後は国際基督教大学(ICU)の大学院に進学して修士号を取得。その後、栃木県内の大手メーカーで3年弱の修業を積んでいましたが、曾祖母が亡くなったこともあって、2013年の正月に実家に戻りました。

上澤梅太郎商店の一番人気商品、らっきょうのたまり漬け。

品質問題で得た中国での経験

 実家は製造小売業ですが、修業先は製造卸売業。最初の1年は原料の下処理を行っていました。畑から届く何百トンという量の野菜の泥を落として塩漬けにする仕事で完全な肉体労働です。塩漬けが漬物の基本なので、そこを直に学べたことは非常に良かったと思います。

 

その後に配属となった海外事業部で、中国子会社での品質問題にぶつかり、現地で監督する駐在員に任命されました。追跡調査を行った結果、原因は漬け込み期間の不足。日本の市場は、いわゆる「新物」が売れる特性を持っていますが、漬物は保存食なので「新物」とは相いれません。それでもスーパーで「新物」とシールを貼れば売れる。競争に勝つため、規定では45日間の漬け込み期間を30日間に短縮した結果でした。

 

中国語をまったく話せなかった私は、「まずは仲間になって信頼してもらわないと調査できない」と考え、現地の工場労働者と同じ社員寮で生活し、みんなの名前を覚えることからスタートしました。本社には毎日、写真付きの日報を送っていましたが、そこにも「誰が」という名前を入れるようにしたところ、「こんな詳細なレポートは見たことない」と喜ばれ、予定より長く駐在することになりました。畑に行って農家との交渉をしたり、野菜が育っていく記録をつけたりと、中国での経験は得難いものになりました。

父の卓哉さん、母のりえさん、妻の桃子さん。家族みんなで歴史ある店を支える。

味噌・醤油・漬物は「生活のインフラ」

 実家に戻ってからは、漬物業界の厳しさを実感する毎日です。いま、日本の食卓から急速に漬物が消えつつあり、統計によると漬物の出荷総額は約20年間で40%減少しているそうです。家庭での食事のあり方が変化していることに加え、減塩志向がその原因であると考えられます。1960年代に商品化された大手のきゅうり漬の塩分は当時10%以上ありましたが、同じ商品の現在の塩分は2%弱。漬物ほど味の主要素が大きく変動した食品はありません。最近は発酵食品が再評価されていますが、弊社の漬物や味噌のように無殺菌で提供しているものならいざしらず、一般的にスーパーなどで流通している漬物は加熱殺菌工程を経ているため、生きた乳酸菌等はいません。

 

社内のことでいえば、たまり漬の技術は口伝でしか残っておらず、考案した梅太郎が亡くなって40年が経過しているため、「何がたまり漬の理想形なのか」日々模索しています。若返りも図っていますが、家族経営と小企業経営の中間といった規模なので、組織づくりに課題も感じています。

 

業界全体でも大きな課題を抱えるなか、400年の歴史を背負ってできることは、「王道の価値観」の提示だと思っています。家庭での需要が減っているとはいえ、寿司屋のガリ、牛丼屋の紅ショウガ、カレーに添える福神漬けやらっきょうなど、味のバランスや満足度を向上させる無二の働きが漬物にはある。「一汁三菜」といった日本の家庭料理ならではの食べ合わせは、漬物があってこそのものです。そういった感覚を食卓に取り戻すための提案やお手伝いをすることが務めだと思っています。

 

2015年から、この「王道の価値観」を示すため、「上澤の朝食」という取り組みを進めており、今春には朝ごはんが食べられる飲食店も始めました。新型コロナウイルスの影響もあって厳しい状況ではありますが、今のところ、営業時間の短縮や休店は考えていません。味噌・醤油・漬物は「生活のインフラ」だと考えているからです。地域に名だたる店となって、弊社の漬物を通して生活の豊かさを実感していただくことが、お客様への一番の貢献であり、地域や食文化全体への貢献だと感じています。

「漬物を通して、食文化の豊かさを感じていただきたい」

上澤 佑基(うわさわ ゆうき)

1985年生まれ。男子部中等科から自由学園に学び、2008年卒業。その後国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程に入学し、前期課程修了後、栃木県内の大手漬物メーカーに就職。原料係に配属後、海外事業部に異動し中国工場に駐在。2013年より上澤梅太郎商店勤務。