実学的研究が持続可能な社会を形作る

実学的研究が持続可能な
社会を形作る

吉川 慎平
Shimpei YOSHIKAWA

自由学園最高学部 助教

男子部 65 回生

2020年10月17日談

自由学園最高学部棟にて

校内に自然河川が流れる学校

 自由学園には豊かな緑がありますが、もう一つ重要な要素として、敷地内に川が流れているということが挙げられます。全国的にみても、校内に自然河川が流れている学校というのは多くないでしょう。淀んだ川がほとんどの埼玉県の低平地で育った私にとって、入学後にはじめてその清らかな流れを見た際には衝撃を覚えました。

 

私は最高学部で「フィールドサイエンス」ゼミの研究指導を行っているほか、環境文化創造センターの研究員として、全学の環境について学びを深めるためのプラットフォームの整備にも取り組んでいます。「落合川と南沢湧水群(平成の名水百選)」を擁する東久留米地域は、比較的良好な水環境が保たれていますが、湧水の起源である地下水の実態については十分な知見が得られていないのが実情です。そのため、ゼミの学生と共に、校内に観測用の井戸を設置したり、地下水位の自動観測システムを開発しています。最近では、校内の畑にある古井戸を再生するプロジェクトを学生と共に企画し、設計から予算、資材の調達、井桁の製作、手押しポンプの設置、その他土木工事に至るまで、全てを自分たちの手で行い、完成させました。在学中からどうにかしたいと思っていたことでもあり、約20年を経て、学生と共に実現できたことはとても喜ばしいことでした。

自由学園での古井戸再生工事完了を記念してゼミの学生と

「実学」を支えたのは一緒に歩んでくれた大人

 これらの活動の基本となっているのが、高等科1年生のときに参加した「川管理グループ」です。「自治区域」の一つとしてあるもので、校内の立野川沿いのゴミ拾いや草刈りといった環境整備、毎日の流量や井戸の水位、水質、水生生物の調査を行っています。校外活動として年に一度、OBも含め、全国水環境マップ実行委員会主催の「身近な水環境の全国一斉調査」が全国規模になる前の2000年から20年連続参加しているほか、国土交通省主催の「川でつながる発表会」などでの発表にも取り組んでいます。

 

決して研究設備が十分に整っているわけではありませんが、自由学園には多様性に富んだ自然環境と人の生活が組み合わさった、キャンパスという素晴らしい実験環境があるといえます。学部棟の屋上には気象庁の検定を受けた観測機器を整備したことで、精度の高い気象データが取得できます。それを使えば、世界に通じる研究も行える。それが自由学園というフィールドなんです。そして、何よりありがたいのは、生徒・学生が考えたことを実現するために、一緒に考え行動してくれる大人がいるということです。

 

私自身、在学中にいろいろな経験をしました。中等科3年の「産業」の授業では養魚池の改造を。那須農場の労働では、竹林整備の一環で竹炭作りを。ごみの問題に対しては、分別ルールを作り、実際に業者の方と折衝もしました。気象観測のための百葉箱を作ったり、最高学部の庭造りプロジェクトに関わったりと、在学中からキャンパスを土台とした学びを積極的に行っていたんです。自ら問題を発見し、実物に触れながらその解決策を探る。それこそが学園で行われている「実学」です。その時に周囲の大人がサポートしてくれたからこそ、大きな学びを得ることができたと感じています。そして今、生徒・学生に対して学びのサポートを行うことで、彼らと共に「実学」を追求すべく、日々の研究指導に当たっています。

創立90周年人材育成基金1号として、博士号(工学)を取得

日本の「水循環」が抱える問題解決を目指して

 私の専門領域の一つは「水文学(すいもんがく)」といって、持続可能で健全な水循環の構築が大きなテーマです。2014年度から、90周年人材育成基金1号として、大同大学大学院に通わせていただきました。修士号の取得後、最高学部の所属となりましたが、研究を進め2020年には博士号を取得しました。

 

日本では、大河川は国が直接管理しているものの、末端の河川ではその情報が十分に取得できていません。その大きな理由の一つが管理コストです。例えば水循環を定量化するために重要な水位計は維持管理コストがかかるため、大河川でも10km間隔程度でしか設置されていません。しかし、流域の水循環の解明には、末端まで水位・流量を観測することが有効です。そこで、学校や市民活動でも情報を補えるように、それまであまり使われていなかった水の電気伝導率(*1)を指標とする手法に着目し、フィールドワークを重ねて実証しました。流域の水循環を、水収支(*2)と物質収支(*3)という形で定量化することで、電気伝導率から河川に溶け込んだ物質濃度を測定し、流量の比を逆推定するようにしたのです。この手法であれば、低コストで簡単に河川情報を把握できるようになり、水循環の解明にも貢献します。

 

豊かな水環境を持続可能なものとするためには、徹底したフィールドワークに基づく研究が重要です。自らが属する社会をより良いものとするには、実学の経験が必要。だからこそ、次代を担う学生たちに、実学の重要性を伝えていく。それが私の使命です。

 

(*1)電気伝導率:電気の通しやすさを示す指標。水に含まれる電解質の多寡で変化し、水質が測定できる。

(*2)水収支:一定時間における水の流入・流出量を示す。一般的に、流域の水収入は降雨量、水支出は蒸散・流出となる。

(*3)物質収支:流域の溶存物質(ミネラル等)量の変化を示す。一般的に質量保存の法則に基づき、溶存量の変化が流出入量となる。

全国の河川・ダムのフィールドワーク。完成目前の八ッ場ダムにて。

吉川 慎平(よしかわ しんぺい)

1987年生まれ。中等科より自由学園に学び、2009年最高学部を卒業。自由学園総合企画室兼キャンパスマネジメント本部の職員として、経営から教育部門まで広く全学に関わる。2014年から大同大学大学院で長期研修。環境河川工学、流域水文学等を専攻、2017年に修士課程を修了し現職。2020年に同大学院工学研究科材料・環境工学専攻修了、博士(工学)。日本ダム協会認定ダムマイスター。