しののめ寮とは
「自由学園クラブハウス しののめ寮」は、自由学園の創立90周年記念事業の一つとして、かつての学生寮の再生改修工事を行い、今秋10月1日に開館しまた。
学生寮として使われていた施設形態を保ちながら、学園と社会とをつなぐ役割を担います。学園が社会に働きかけていく場として、地域社会にも開かれた共有フロアを持ち、学園内外の多くの方々に活用していただける建物に生まれ変わります。長年の歴史が刻まれた使える部材をそのまま残しているため、室内には使い込まれた木のあたたかみが漂います。また、貯水槽やかまどベンチができ、地域の防災拠点としても役立つ施設になります。
しののめ寮は学園所有の施設ですが、その運営は(株)自由学園サービスに委託しています。学園と地域との交流や、教育文化事業の普及・発信等を盛んにしていくためにも、教育と経営とが一体となって、学園や地域を発展させていく役割を担います。
【共有する・発展していく】
●自由学園からの情報発信の場、自由学園が外からの刺激や情報を得る場
●自由学園の特色ある学びや、生活・学問研究の成果を発展させていく場
【集まる・交わる・つながる】
●自由学園に連なる全ての方々の新たな交流の場
●地域の方々が世代を超え、くつろぎ集い活用できる場
●自由学園と地域社会とをつなぎ、相互に交流していくための拠点
【自由学園と学園町の地域交流史】
学園町のはじまりは、1925年(大正14年)に遡ります。
自由学園の創立者・羽仁もと子、吉一夫妻が、目白で始めた学校の拡張と学園都市構想のために、当時の北多摩郡久留米村南沢に10万坪の土地を購入。主に学園の父母を対象に宅地分譲が進められました。昭和4年に創立者の住宅が建てられた後、次々と校舎が完成し、昭和9年に自由学園が学園町に移転となりました。学園は地域住民の一員として、地域が抱える課題に目を向け、農村地域に役立つ調査や活動を始め、学園セツルメントを開設。戦後も、農村の再建復興活動、協力託児、衣食住学校などを展開しながら、地域との共生の中で、学園自身も育てられた歴史があります。現在では、地域イベントや介護福祉施設へのボランティア活動、治水・自然環境の研究などを通して、地域社会との関わりを持ち続けています。これから、しののめ寮を拠点として地域との絆が更に深まっていくよう、様々な活動を展開していく施設を目ざします。
<建物の歴史>
自由学園クラブハウス・しののめ寮は、男子部中等科から高等科の学生寮(名称:東天寮)として、使われていた建物です。初代東天寮は、1938年にフランク・ロイド・ライトの直弟子である遠藤新によって設計され、その後1973年に現在の建物の元である2代目東天寮が新の息子・遠藤楽(本学卒業生)によって設計されました。老朽化に伴い2000年に東天寮は移転。その後10年間は学園の収蔵庫として使われていましたが、2年にわたる検討を重ね、再利用されることになりました。
そしてこの度、創立90周年記念事業として改修工事が行われ、学園関係者の寮として使いながら、地域社会と学園とを繋ぐ、社会に開かれた新しい施設として生まれ変わりました。




