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高齢者世話ホーム「油壺エデンの園」は1986年に開設され、1991年から自由学園生がボランティアとして夏休みに活動しています。今年は、高等科2年生から最高学部1年生までの希望者22名(女子)が参加しました。1人4泊5日を基本として、厨房・生活サービス・デイケアに分かれて仕事をします。 私は5日間のうち始めの3日は厨房で働かせていただきました。ここでは、入居者の方にあわせたお食事を用意しています。例えば、半身が不自由な方には、片手で食べることができるように、小さなおにぎりを用意したり、うまく噛むことができない方には、ペーストにしたものを出したり、などをしています。暖かいお食事は暖かく、サラダなどは冷たく、と一品一品に気配りがされています。私は直接調理の方にたずさわることは少なかったのですが、自分ができることが小さくとも一所懸命に心をこめてお手伝いさせていただきました。 このボランティアを通じて考えたことがあります。それは「このボランティアをしたら単位がもらえるの?」というよくある質問です。最近では、授業としてボランティアをしている学校も多いようで、そこでは単位がもらえるようです。今日、高齢化が進み、普段の生活でお年寄りと接する機会が少ない若い人たちに、少しでもお年寄りの方々と接する機会を設けたいことや、多くの若い人たちに体験させたいという意図はよくわかりますが、単位をあげるからしなさいというのでは意味がないのではないでしょうか。また、単位がもらえるからするというのもおかしな話です。 私は、よい機会を与えられたことに感謝しています。今回参加した学生・生徒は、しおりに書いてある"エデンの園でしか体験できないことを沢山しましょう。自分が受身でなくなった時に初めて、大きな発見や学びや喜びが見えてくると思います。"を感じえることができたでしょうか。
(文:最高学部1年 森平千尋)
この活動の中で衝撃を受けたのはデイケアーであった。何もしないで座っておられる方に話しかけたり、いっしょに歌ったり、リハビリ体操をしたり、おやつを口に運んであげたり。私のこの接し方で満足していただけるのだろうか、そういう不安を感じていた。しかし、大勢でする遊びなどで気付いた事などを自然な調子で話しかけ続けることで、たちはだかっていたもやもや感が消えていくのを感じた。 大きな声で接しないと伝わらない、伝えたい思いを最大にして本気でぶつかっていく姿勢がないと不自然な形で会話がとぎれる、活動の最後のころになると、本当に素直でいることが、相手の心に響いていくような感触を得て、嬉しくもなった。 ある足の不自由な方の手をとって歩いているとき、小さく何か話しかけられた。よく聞き取れなく、笑っていらしたことから、想像しながらの会話で成り立ったこともあった。言葉でなくとも表情で少し感情の察しのつくこともあった。 スタッフの方がなさっている対応を脇で見ていることも多かった。命の尊さについて、普段あまり考えることがない環境にいるので、この場に来られたことは本当に大きな衝撃となった。お年寄りの方をあたかも異なる人種であるかのように分けて考えていた誤りにも気付いた。伝えたいこと、考えていること、これらは全て若いころの延長線上にあるのだ。 私は初めての参加で、ここでお役に立てたことは限りなくわずかなものなのかもしれない。しかし、言葉を理解しようと一心に努める姿勢によって理解できた意思、小さな宝を見つけたような喜びを味わった。このような熱意が日々欠けていたように思う。どの現場にいても、些細な行為をとても感謝してくださり、多くの暖かい励ましを授かった。与えられたものを今度は伝えていく側にまわる器になるようまい進していきたい。
(文:最高学部1年 丸山 瞳)
エデンの園のお手伝いは今年で3回目だった。例年私たちのことを助けてくださる卒業生の佐波さんが、今年は体調を崩されているのにもかかわらず支えてくださったことが本当に嬉しく、エデンの園のためにできる限りのことを精一杯したいという思いで望んだ。
今年は、最初の2日間が厨房、3日目にデイケアサロン、最後の2日間を通所の計5日間お手伝いさせていただいた。厨房では、3回目のため、技術面で例年よりはずいぶん進歩したと思う。前と比べると、お手伝い中に戸惑うことがほとんどなかった。例年思うことだが、特にカウンタをしている時や食堂の前で、笑顔で「ありがとう」「おいしかった」と言われた時が本当に嬉しかった。デイケアサロンでは、入浴の日だったので、お風呂に入られる方の着替えの準備や髪を乾かすことをした。スタッフの方からは、上手だと言われることが多かったのだが、途中で交代した時に、着るべき人の服を脱がせてしまったことや、着替えの際に痛い思いをさせてしまったことがあって、これらは大きな反省だった。通所では、外からいらっしゃった方々と会話や体操などをした。通所にいらっしゃる方は元気な方が多く、いろいろな方の若い頃のお話を聞くことができた。食事の世話を通して、私は未だ相手の気持ちが見えていないと感じることもあった。したくないと思って言わなくても意思表示をしてくださっているのに、気付けなかったことも反省だった。私が見送りに行った方で、その家族の方に「今日は食事をこれくらい食べていました」と話したところ、家族の方が「いつもは全然食べないのに」とおっしゃったこともあった。
お年寄りの方は、何もしていないように見えても、他の人よりはずっとゆっくりだけれども、いろいろ考えてしているということに気付かされた。また本当に根気強くゆっくりと食べているスタッフの方をすごいと思った。私はどうしても相手の方よりもワンテンポ早くなってしまうことが多かったように思う。
今年は、お手伝いで言えば、ずいぶん慣れていて、周りの方もそう認めてくださることが多かった。まだ未熟だと感じるところもあったが、また来年も参加して、今年の経験をもとに、もっと心理面にも気をつけていきたい。
(文:最高学部1年 古木 希)
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