最高学部ネパールワークキャンプ
  update 2002/07/29  最高学部

ネパールワークキャンプ
直前準備で荷物を詰めこむ学生

 最高学部では夏休みにネパールワークキャンプに行っています(今年で13年目)。ワークキャンプが始まった当初は学生のみによる植林活動が主でしたが、現在では地元の営林署の人たちや地元の学校の子供たちと一緒に植林活動を行ったり、子供たちと交流したり、と活動の幅を広げています。今年度は7月11日から28日まで、学生22名と教師4名が参加して行なっています。ここでは現地から電子メールで届く活動内容を紹介します。地名や人物名などわかりにくい箇所もございますが、ご了承ください。





ネパールワークキャンプ
宿舎に到着

●7月12日                        2年 大江祥子


午前10時にバンコクを出発して午後1時にカトマンズに到着しました。バスで宿舎のあるDHURIKEL、トレーニングセンターに向かいました。マハルジャンさんも営林所のマドゥーさんも皆さんとても元気でした。軽く昼食を取った後、みんなで踊るソーラン節の練習をしたり、荷物の整理などをしました。夕食にダルバートを食べてから集まりと礼拝をして、明日からの活動のために早く休みました。





ネパールワークキャンプ
植林地見学

ネパールワークキャンプ
チョウタラの木

●7月13日                        2年 吉田優子


BUDHOLのトレーニングセンターへ来て2日目。午前中は朝6時半から朝食を食べ、DFOのマドゥーさんのお話を聞き、カブレの丘の見学をしました。行き帰りのバスは、運転手さんの見事な運転さばきによりジェットコースターに乗っているような感覚で、皆気分は高潮ぎみでした。カブレの丘に着き、チョウタラの木を見ました。しっかり植わっているわりには、上のほうの葉はしおれ気味で少し弱々しい感じがしました。丘から見える景色はとてもきれいでした。緑みどりした山並みはネパールならではの景色で、見ていて飽きません。あいにくヒマラヤの頂点を見ることはできませんでしたが、心が癒される景色を堪能できたと思います。丘から山道を歩きました。子供たちがどこからともなく寄ってきて、素敵な笑顔を見せてくれました。ここで、初めてネパールの子供とコミュニケーションをとることができた人もいて、写真を撮ったりと仲良くできました。お互い嬉しそうでした。お昼ご飯を食べ、午後は各チームごとに分かれ、パワン先生にデモンストレーションを見てもらうための準備をしました。どのチームも準備万端だったのですが、パワン先生はお忙しいらしく、結局先生は姿を現すことはありませんでした…。皆それぞれ準備が終わると、バドミントンをして汗を流したり、熱い語りをしたりとよい時間が過ごせたと思います。その時間が楽しかったこともあって、夕食を食べるときは笑いが絶えませんでした。夜は満点の星空を満喫し、床につきました。まだまだ、活動は始まったばかりであります。





ネパールワークキャンプ
KHUSでの料理

ネパールワークキャンプ
食事の様子

●7月17日                        2年 橋本雄太


午前中は生活調査と植林のグループに分かれて活動を行いました。生活調査では、村で唯一大学に通っている娘さんがいる大家族(総勢19人!)を訪ねました。娘さんは、将来は村の教育水準を向上させるために先生になりたいそうです。午後は交流とカレー作りのグループに分かれました。交流は学校で折り紙と紙芝居をしました。この学校では先生も生徒も英語を使わなければいけません。校長はばりばりの英国人でしたが、中学生くらいの子でも校長の言うことをキチンと理解して質問していました。折り紙では松下恵子さん(G1)が流暢な英語で鶴の折り方を説明しました。案の定、折り紙の授業が終わった後も、彼女はひっぱりだこでした。紙芝居は『ごんぎつね』を見せました。しかし、『ごんぎつね』は人によっては捕らえ方が異なってくる作品なので、皆にその後の展開を想像して紙にストーリーを書いて提出してもらう、ということにしました。僕も先程、それを読ませてもらい一つのストーリーが印象に残りました。それは、兵十に撃たれたごんは結局死んでしまい悲しむ兵十の夢枕に神様が立ち、神様は兵十にごんは兵十の子供として生まれ変わると告げ、その後に兵十は結婚して男の子が生まれた、というものです。ネパールやインドのような国では輪廻転生思想が民衆の中に息づいているということを、『深い川』や東洋日本思想史の授業で最近知っていたので、このストーリーを読んだ時より鮮烈に感じました。明日はこの学校の生徒たちとサッカーとバスケットボールで対戦します。皆の様子は、お腹の調子が優れない人が数人いますが、それらの人も含めて皆元気に生活してます。去年、高熱を出して宿舎の天井しか覚えていない僕は嬉しいような悲しいような複雑な心境です。でもやっぱり元気が一番です。こうして元気に記録を書けることに喜びをかんじつつ、明日も頑張ろうと思いました。



●7月18日                        3年 兄部隆明


早朝から雨のため、午前中の植林・生活調査共に活動は休止した。午前中はその他の活動の用意と、ソーラン節の練習を行った。その後10時に交流の為にカトマンズユニバーシティ(K.U)へバスで向かった。K.Uでは、KUHSの生徒と共にスポーツ交流を行った。雨はそのころには止み、グラウンドについたころには気持ちのよい青空が広がっていた。交流はまず、バスケットから始まった。チームは女子男子混合の交代自由制であった。どういうわけか想像していたよりKUHSのバスケットチームの技術レベルはあまり高くなかった。そしてそれに対するのは本気混じりでプレイする大学生達…当然バスケットの試合内容は終始自由学園ペースで進められた。結果、学園31・KUHS9の大人気ない好成績を上げることが出来た。 次はサッカーである。チームはこれまた女子男子半々であった。サッカーに関しては、学園サイドは先の普段より高い標高でのバスケットプレイのおかげで体力を消費している上、KUHSサイドはスパイク、脛当ての万全装備で、雨で三分の一のスペースが水溜りになっているグラウンドは彼らにとっては限りなくホームに近い。そのせいもあってか、藤原章(G2)の激も空しく試合前半は散々、3点の先制を許し、さらに学園サイドは0点という結果であった。また昨年のように勝利の女神はそっぽを向くのか…?しかしみながそう思い始めた後半、彼女を強引に振り向かせ、彼女を虜にした男がいた。自由学園のマラドーナこと関川典英(G1)である。キャプテンでもある彼の働きにより1点を返した学園サイドは活気を取り戻し続く公文健太郎(G3)の2ゴール、その後更なる関川の追加点により学園側は土壇場での大どんでん返しに成功した。しかし、その後残念ながら1点を返され同点4−4、試合はPK戦に縺れ込んだ。PKの一人目は藤原、彼のシュートは惜しくもバーに嫌われた。しかし二人目の丸山孝利(G1)は落ち着いて決めた。三人目は北村慧美(G1)さん、彼女のシュートも惜しかった。まさに間一髪でセーブされた。そして四人目、この試合のすべてを取り仕切ってきた総監督、岩崎寛(G2)自らのシュート、KUHS側は相次いでシュートをはずしており、彼がここで決めれば学園側の勝利である。が、前日の夜遅くまで今日の日のためのフォーメーションを考えていた彼にとって、疲れがピークに達したか、惜しくもボールはゴールをそれた。そしてKUHSの四人目、我らが守護神バシケンこと石橋憲一(G2)がここを止めれば学園側の勝利が決まるが、次を止めなければこの先の展開はまったくの振り出しに戻る。すべては彼の両腕に託された。そして緊張の中相手チームの登場、見るからにエース的選手である。学園側に緊張が走る。そして、シュート!!…ボールは石橋の体をはったブロックによってゴールに入ることはなかった。こうして試合は学園サイドの勝利に終わったが、久しぶりにボールを蹴った人、中には初めてボールに触った人もいて日本側、ネパール側共に同じ瞬間を共有することが出来た。試合後はバンコクで買った日本代表のユニホームをプレゼントし、皆で写真を撮った。スポーツは万国共通良い物だ。その後は、KUHSのホステルにて生徒に混じって食事をし友好を深めた後トレーニングセンターにてワーク前半の感想文を書いた。最後に今回の試合を影ながら支援し成功に導いた上、そこに謙遜さを失わない岩崎に選手全員、心より感謝の意を伝えたいとおもう。今日のMVPはGK石橋。



●7月21日                        1年 松下恵子


今日は植林が無くゆっくりとした朝が過ごせた。8時15分にチャウコットのグループはスリカンダプールに出発し、4人ずつの2つに分かれて午前2単位ずつ、午後2単位ずつの計8時間の授業をした。

サンジョバニとクフスの人は午前中ナワジョティに行き、紙芝居、文化の説明としてお風呂について、そしてみんなで絵を描くことをした。午後は各グループに分かれてサンジョバニの人は1度学校に行き、学校が休みになったのでパワン先生と打ち合わせをした。クフスの人は学校に行ったが、トラブルが起きたために先生が忙しくその分の授業を夏井先生、小野塚さん、山本先生が中心となって3つに分かれて行った。

スリカンダプールでは体操、折り紙、「ごんぎつね」の紙芝居、橋本君の音に関する授業と習字をした。折り紙ではみんな一生懸命なのだがあまりうまく折れる人はいなかった。折り紙の授業で毎回感じることだが、ネパールの人にはきれいに折るという感覚があまり無いようだ。日本人が特別器用なのかもしれないが、端と端と合わせるということは彼らにとってあまり重要なことではないらしい。子供達の様子を見ながら、ネパールの何かにつけてゆっくりだったりアバウトだったりする気質がこの折り紙にも現れているのだと思った。折り紙がきれいに折れなくてもそのネパールの人々の性格はこのままであってほしいと思う。

今年は急に予定が変更することが多くて、そのたびに臨機応変な対応が求められる。そんな時リーダー達が考えた次の日の予定をみんなが確認している様子は学生主体のワークキャンプをよく表しているようで気持ちがいいと感じた。



●7月25日           教師 山本幸右・夏井正明・小田幸子


(学校宛てに届いたFAXより抜粋)
今年度のネパールワークキャンプを無事に終え、カトマンズのホテルにチェックインしました。途中、例年のことですが、マハルジャン(最高学部3年在籍)君のお宅に寄り、昼食(ネワールの家庭料理)をごちそうになりました。

今年のワークはイレギュラーなことが次々に起こり、日本で予定(準備)していた活動のいくつかは中止せざるを得ませんでした。第1は、夏休みの期間が変更となり、また国王が中国から帰国するというだけの理由で休校となったため、地元の生徒達との労働・交流が半分くらいになってしまいました。第2に、日本でも報道があったかもしれませんが、カトマンズおよびその周辺は30年ぶりの大雨にみまわれ、洪水や崖崩れで200人以上が死亡したということです。長年交流を続けているサンジュワニ学校の生徒も23日早朝土砂崩れで1人亡くなりました。

いつもの年に比べれば労働の成果は少なかったものの、2週間のワークで、学生達は多くのことを学び、成長し、そして楽しんだと思います。ほぼ全員が一度は参加した、曽我先生の指導による生活調査では、生きていくことの厳しさを人々の暮らしの中から発見し、それと同時にその中に幸せを感じている彼らの姿に感動をおぼえたようです。決して「調査」するなどという高慢なことではなく、人々の生き方、人生の捉え方を学ばせてもらったというのが、学生たちの実感です。ネパールワークの中で文化人類学の視点から学生たちにさまざまなことを教えてくださる曽我先生には、毎年のことながら、感謝で一杯です。

学生の健康状態も、教師の予想の範囲内でおさまっていて、特に心配することはありません。昨年ほとんどベッドの上で日々を過ごすことになってしまった石橋君、橋本君の両名は、昨年の穴うめを完璧におこない、さらに今年の活動ではリーダーの公文君のよきサポートとなってくれました。もし来年この2人がワークに参加してくれるのなら、心強い限りです。当初心配していた「マオイスト」による暴力的活動は、少なくともカトマンズ周辺ではまったく感じられません。もっとも街のいたる所で警官や軍隊の姿を見ますが緊張感はありません。

最後に毎年学生がこのように貴重な体験をすることが可能なのは、友の会による金銭的な助けがあるおかげです。今後も最高学部生にとって、学びの多い、かけがえのないワークが是非続けてゆけるようにと願っています。友の会への特段の感謝をもって結びとします。