「羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い開かれる」
  update 2005/10/31  男子部・女子部・最高学部

羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い
満員の会場

羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い
永田晨理事長の礼拝

羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い
大塚 甫 先生のお話

羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い
木下久子先生のお話

羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い
ミスタ羽仁記念展

今年の10月26日は、創立者のお1人、羽仁吉一先生(ミスタ羽仁)が逝去されて満50年の記念日であった。学園では10月29日(土)午後2時半から、創立60周年記念講堂で記念の集いが行なわれ、男子部・女子部中等科1年生以上最高学部4年生までの在校生、教師、父母・卒業生など合わせて約1050名が出席した。

永田晨理事長司会の礼拝では、讃美歌536番、聖書「ローマの信徒への手紙」第12章9〜21節朗読の後、1.礼拝が自由学園の核心である、2.創造の精神が大切である、3.ミスタ羽仁の存在は大きく、自由学園、婦人之友社、全国友の会は創立者お2人の共同事業であった、4.自由学園は手作りの教育を大事にしているという4点が話され、すべては神の恩寵であり、その御恵を感謝する祈祷と讃美歌284番で礼拝を終えた。

その後、男女卒業生2人による講演があり、男子部2回生の大塚甫先生は「ミスタ羽仁の舵取り」と題して、那須農場でのエピソードを交えながら、ミスタ羽仁の厳しくも温かいお人柄を紹介され、戦中戦後の厳しい時代にあって自由学園、婦人之友、友の会が守り育てられたのはミスタ羽仁のおかげであったと話された。女子部24回生の木下先生は、女子部卒業後ミスタ羽仁に「学園に残りなさい」と言われ、南沢の学園、そして二宮の友情庵での農芸、庭園を通してミスタ羽仁から学ばれたこと、「農芸教室が欲しい」という声に対して考えてくださったこと、密植がお好きだったが、その後、植え替えを指示されたこと、「教育は不便なるがよし」「居候、四角の座敷を丸く掃き」という言葉などを紹介され、生徒たちに自由学園の教育を主体的に受ける大切さを含めて「ミスタ羽仁の思い出」を話された。

ステージには、ミスタ羽仁のお写真を中心に、生徒が育てた菊の花を始め、父母会、卒業生会、同学会、婦人之友社、友の会から送られたお花と、ミスタ羽仁の書かれた詩篇23篇のパネルと校旗が飾られていた。会場の準備、詰係、接待、受付、放送など、学部生を中心に生徒達もよい働きができ、ミスタ羽仁を偲び、より身近に知り、これからの自由学園を考える良い機会になった。会終了後、女子部体操館で10月15日より開かれていた「ミスタ羽仁記念展」に向かわれる参会者も多く、2週間で生徒、教師以外では800人を越えるお客様に熱心に見ていただくことができたのも感謝すべきことであった。

(副学園長 矢野恭弘)