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10月15日(土)から10月29日(土)まで、女子部体操館を会場に「羽仁吉一先生ご逝去50年記念展」が開催され、2週間の会期中に800人近いお客様が来場された。初等部1年生から男子部、女子部の高等科3年生までは授業時間中に見学し、在校生をあわせると約1500人の来場者があった。記念展の最終日には、羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集いが開催された。またこの記念展は、自由学園資料室と、最高学部の図書・記録グループの学生有志が製作にあたった。以下に記念展の様子を掲載する。
記念の集いの詳細は 羽仁吉一先生ご逝去50年記念の集い開かれる をご覧ください。
会場入口
会場の入口には、ミスタ羽仁の大型写真パネル(1800mm×900mm)を設置した。この写真は昭和4年に南沢のご自宅前でミセス羽仁とご一緒に撮影されたものの一部を拡大した。
テーマ別パネル展示
ミスタ羽仁の生涯とその理想をあらわすために、できるだけミスタ羽仁ご自身の言葉によって展示構成することを試みた。昭和7年から毎号の『婦人之友』巻末に書かれた「雑司ヶ谷短信」(後に『雑司ヶ谷短信』上下巻にまとめられる)より、「ジャーナリズムと教育」、「実学の道場」、「創造の最中」の3つの言葉を選び、これらをテーマ項目として、写真その他の資料とともにまとめた。このほかミスタ羽仁の年譜や概説も加えた。これらは、全てパソコン上で編集し、B2サイズのパネルに出力した。
写真・音声展示ブース
ミスタ羽仁をより身近に感じてもらえるように、ミスタ羽仁が写っている写真資料約100点をスライドショー形式で展示した。また、オープンリール(録音媒体)から、比較的録音状態のよい3点を選び、書き起こし原稿とともに展示した。
ご愛用品の展示
ミスタ羽仁が愛用されていたペンや眼鏡、聖書、ステッキ、三つ揃いのスーツや革靴など10数点を展示した。50年以上前の物品類ではあるが状態も比較的良好で、これらを使用されていたミスタ羽仁のたたずまいがしのばれる。
書 (日誌扉の展示)
女子部委員日誌、初等部教師会日誌、男子部生活日誌など各種日誌類の最初のページ(扉)には、ミスタ羽仁がその折々にふさわしい言葉を書かれたものが残っている。今回、これらの原寸大複製を展示会場中央にパネル展示し、一堂に見ることを可能とした。生徒や教師にむけられたミスタ羽仁の期待、励ましの思いが生き生きと伝わってくる。
書
礼拝のために、また授業のために、ミスタ羽仁はしばしば自ら筆をとって聖句や漢詩を書かれた。現在残っているミスタ羽仁の書の多くは、自由学園の生活や勉強のなかで書かれたものである。なかには必ずしも和紙に書かれていないものもあるが、ミスタ羽仁が日常生活のなかで書かれた雰囲気をかえって伝えてもいる。今回は卒業生からの寄贈資料を含む18点を展示した。
映像展示ブース 自由学園では戦前より16ミリフィルムでさまざまな記録映画が撮影されており、当時を知る貴重な資料となっている。今回、「ミスタ羽仁とその時代」と題して、主にミスタ羽仁ご存命中のフィルム14本(1927〜1956年)を30分程度に編集し上映した。これは大変好評を博し、関連資料や所蔵映像資料リストなども関心をよんだ。
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