自由学園は2011年4月に創立90周年を迎えました。
これまでの90年間の沿革をご紹介します。
| 羽仁もと子、『婦人之友』1921年2月号で「自由学園の創立」を告げる。 | ||
| 1921年度 | 4月 | 普通科26名を迎えて目白において創立。5月に高等科59名を迎える。 |
| 1922年度 | 6月 | フランク・ロイド・ライトと遠藤新設計による校舎落成。現在の明日館。 |
| 1923年度 | 4月 | 第1回卒業式。卒業生35名。卒業生対象の1年間の研究科創設。 |
| 9月 | 関東大震災起きる。生徒が学んだことを生かして救援活動に参加。 | |
| 1月 | 生徒が委員会を組織して自治による運営の責任を負う。 | |
| 1925年度 | 5月 | 久留米村南沢に10万坪の土地を購入、3万坪を学校用地、残りを分譲地とする。 |
| 1927年度 | 4月 | 小学校新設(現初等部)。入学者10名。 |
| 5月 | 『羽仁もと子著作集』出版を発表。7月に第一巻が出版される。 | |
| 7月 | 婦人之友25年記念講演会で「思想しつつ生活しつつ祈りつつ」と題して講演。 | |
| 1928年度 | 6月 | 卒業生が「自由学園消費組合」を設立。現在の「消費経済研究部」に繋がる。 |
| 1929年度 | 7月 | 南沢に「野の花庵」と名づけた羽仁夫妻の家が建つ。 |
| 12月 | 自由学園協力会が誕生。 | |
| 3月 | 小学校校舎が南沢に建ち移転。南沢学園セツルメントが開所する。 | |
| 1930年度 | 1月 | 『学園新聞』創刊第1 号発行。 |
| 1931年度 | 5月 | 創立10周年の音楽会、報告会、美術工芸展、小運動会を行なう。 |
| 9月 | ニルス・ブック氏ら来校、デンマーク体操のデモンストレーション。 | |
| 1932年度 | 4月 | 校歌「自由を目指して」決まる。作詞・女子部生徒、作曲・近衛秀麿。 |
| 8月 | 羽仁もと子、ニースの世界新教育会議で自由学園の教育について講演。 | |
| 11月 | 美術工芸を学んだ卒業生が工芸研究所創立。翌年三越で展覧会を開催。 | |
| 1933年度 | 7月 | 目白から南沢への校舎移転を発表。 |
| 1934年度 | 9月 |
ライトの弟子遠藤新設計による校舎が南沢に完成、目白から移転。 目白は「明日館」と名付け、卒業生が社会に働きかける拠点とする。 |
| 1935年度 | 4月 |
男子部創設 「思想・技術・信仰」が標語。 友の会の東北セツルメント活動に女子部生が参加を始める。 |
| 1938年度 | 5月 | 北京生活学校開校。1945年閉校までに221名の卒業生を送り出す。 |
| 1月 | 幼児生活団開設。幼児展覧会の結論として始まる。 | |
| 2月 | 自然の学びとして始まった「霜柱の研究」に学士院研究補助金が与えられる。 | |
| 1940年度 | 4月 | 全員入寮の男子部で、自分が使う「雲水机」作り、朝食の自炊が始まる。 |
| 1941年度 | 4月 | 食料不足を乗り切るため「食事中央事務局」(現在の食糧部)を設置。 |
| 5月 | 農場用地を栃木県那須に購入。男子部生が開墾、11月に「農場開き」。 | |
| 12月 | 創立20周年教育報告会を3日にわたって開催2日目に太平洋戦争始まる。 | |
| 1944年度 | 4月 | 生徒の工場動員が始まる。戦争で男子卒業生11名、女子部生徒4名を失う。 |
| 1946年度 | 12月 | 創立25周年を記念して高松宮殿下はじめ来賓を迎え、戦後初の教育報告会。 |
| 1947年度 | 4月 | 那須農場に自由学園農学塾開設。1973年まで172名の卒業生を送り出す。 | 1948年度 | 4月 | 目白に自由学園生活学校開設。1973年まで1218名の卒業生を送り出す。 |
| 1949年度 | 4月 | 男子最高学部開設(4年制)。 |
| 1950年度 | 4月 | 女子最高学部開設(2年制)。 |
| 5月 | 創立30周年を記念して植林を埼玉県名栗で始める。 | |
| 1月 | 羽仁夫妻に神奈川県二宮に「友情庵」が学園関係者・友の会から寄贈される。 | |
| 3月 | 自由学園、財団から学校法人に変わる。(1938年8月に財団法人化) |