第129回 書評「聖書の植物 よもやま話」プラス/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第129回 書評「聖書の植物 よもやま話」プラス/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第129回 書評「聖書の植物 よもやま話」プラス

2019年7月23日

以下は、堀内昭さんの好著『聖書の植物よもやま話』(教文館・2019年)の『本のひろば』(キリスト教文書センター発行)10月号における書評を基にしたもの。書評では、字数の制限もあり、もう少し書き加えたいこともあったので、このブログで取り上げることにした。『本のひろば』10月号も書店で手にとっていただければ幸いです。

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筆者の堀内さんは、立教大学時代の同僚。4年ほど先輩である。理学部化学科の教授であった。専門は有機化学・環境化学。化学者としての著書のほかに、難病とたたかう子どもと家族のための滞在施設「ぶどうのいえ」の理事長を務めるなど、その活躍の幅は広い。
読後、ここに記された植物に出会うと、実にいとおしい思いになった。植物事典ではない。かといって気ままな随筆といった類のものでもない。時々先のページをめくりたい衝動に駆られたが、その日一日を大切にしたいような気持で本書をゆっくり読んだ。

枕元に本書を置き、一晩に一項目づつ読み進みほぼ一ケ月。一項目読み終わると日記帳のかたすみにその日読んだ植物の名前を記したくなった。
本書の基になっているのは、2012年に刊行された『聖書のかがく散歩』に収録された16種の植物である。これに新たに23種の植物が書き加えられている。

1「実と花の木の話」
2「生活に欠かせない植物の話」
3「スパイスとハーブ、香料の話」
以上が章立て。

1には、りんご・アンズ・いちじく・なつめやし・エトログ(シトロン)・ゆり・ハスとスイレン・糸杉・レバノン杉・すずかけ・とうごま。

2には、オリーブ・ぶどう・きゅうり・玉葱・アーモンド・きびとモロコシ・麦(小麦・大麦・毒麦)・麦(ビール)・パピルス・亜麻と麻・ワタ(綿)・桑(絹)・ベニバナ・サフラン。

3には、フエンコ(コリアンダー)・月桂樹・コフェル(ヘンナ)・ミルトス(銀梅花)・からし種・薄荷(ミント)・いのんど(ディル)とクミン・アロエ・沈香樹・シナモン(肉桂)・白檀・乳香と没薬。

各章の初めには、関連の聖書の個所が提示され、自分と各植物との出会い、仏教・神道にまで及ぶ関連事項、さらに当該植物での町おこしにまで言及する。
3のスパイス等の項目には植物に疎い私には目新しいものも並んでいるが、1,2に上がっているのはいずれも身近なもの。
「よもやま話」とあるから、対象とする植物に関する話題は実に多方面にわたっている。しかし本書はウンチク披歴の書ではない。聖書の世界へ植物を手掛かりに読者は筆者とともに旅するような感覚に陥らせる。それは、解説の中でしばしば筆者が絶妙のタイミングで登場するためである。

麦(ビール)の項目の語りは、「夏に猛暑が続くと、夕方になるとビールで喉を潤したい気分になり、陽が落ちるのが待ち遠しい。」と始まる。私などはこの一文で本書のとりこになる。そして店ごとに代わるドイツのビールの味、そして函館の地ビールの話と読者をひきつける。(因みに函館は評者の故郷、函館ビールは濃いめのビールでイカ刺しに絶妙)そして、聖書「旧約聖書・申命記32章14節」の「深紅のぶどう酒、泡立つ酒を飲んだ」とある「泡立つ酒」が、ビールであるとし、さらに「新しいぶどう酒」(新約聖書・使徒言行録2-13)もビールであろうと云い、さらに「旧約聖書・民数記6-3」の「濃い酒」もビールのことであろうと聖書考古学の月本昭男氏の説を紹介、それに影響されて、新しい聖書協会共同訳が「麦の酒」としていると指摘し、ビールによる放射線防御効果にまで言及する。考証は従来の説の引用さらに最新の学説と目配りがよくきいている。

「旧約聖書・申命記32章」と言えば、モーセが40年に及ぶ放浪生活からヨルダン川を渡り約束の地カナンの地に入っていく前に行った説教「モーセの歌」の一部。モーセもビールで乾杯か、函館ビールもそのビールと味は近いに違いない、などと思いをめぐらすのも楽しい。本書によって聖書への新たな興味がわいてくることも請け合いである。

「旧約聖書・創世記」に「女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた」(3章6節)とある。有名な禁断の果実の場面。蛇にそそのかされアダムとイブはリンゴを食べ裸の身を恥じるようになり、人間は永久に苦難の道を歩むようになる。私などは、疑問なく禁断の果実はリンゴだと思っていたが、これは16世紀の宗教画の影響だそうだ。当時パレスチナにリンゴが生えていたと考えるのは難しく、紀元前2950年頃最も多く生育していたのはアンズらしい。

「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった」(新約聖書・マタイによる福音書6章28-29 新共同訳)
野の花は、ギリシャ語聖書によって、文語訳では「野の百合」と訳されたが、口語訳では「野の花」となっている。又聖書協会共同訳では、前に戻されて「百合」となっている。「野の花」の候補もいくつか考えられるのだが、「野の百合」は、「わたしの恋しい人は園に香り草の花床に下りて行きました。園で群れを飼い、ゆりの花を手折っています」(旧約聖書・雅歌6-2)と同じく「緋色マルゴン」と呼ばれる百合の一種で、日本で云えば「オニユリ」に似ていると云う。白い百合とばかり思っていたが、唇にたとえられ、赤い色に近いものだそうだ。純潔のしるしのような白百合イメージではないようだ。画家たちが受胎告知の処女性を強調しイメージとして白い色のマドンナリリーを好んだためらしい。そして、現在、復活祭の「イースターリリー」に白い百合が用いられるのは、幕末にシーボルトが種をヨーロッパに持ち帰り、さらに1873年のウイーン万国博覧会で、多くの日本のゆりが紹介され、ゆりブームが起きたからだそうだ。筆者は、それに加えてゆりは当時、絹に次ぐ外貨の稼ぎ頭であったと書き加え、万葉集のゆり、さらに薬草としての効果に話が及び、筆者自身が試したという「ゆり根」の一品料理のレシピまで紹介する。息もつかせぬ面白さと云うところであろう。

筆者は、大学の学生部で学生指導の指導的役割を果たしてもいたと記憶する。科学者の目とヒューマンな思いそして該博な知識があいまった本書。聖書に導く良書であるとともに身近な植物へのぶらぶら散歩にも必携の書である。

 

2019年7月23日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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