2月7日(土)、自由学園にて木村秀雄先生を偲ぶ会が行われました。先生の薫陶を受けた卒業生を中心に、100名を超える方々が、日本各地からお集まりくださいました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
木村先生は1999年度より自由学園の最高学部で文化人類学をはじめとする講義を担当してくださり、さらに後期課程ゼミでは、人文系の研究室のゼミの中心となって学生たちの指導に当たってくださいました。その期間は26年にわたり、これは先生が東京大学で教鞭をとられた24年間よりも長い期間となります。自由学園の保護者としての期間を加えるとさらに長い期間になります。

先生はご講義やゼミ指導にとどまらず、自由学園の評議員としても学校運営をお支え下さり、国際交流の分野では国際センター特別顧問として、学術分野では自由学園リベラルアーツ学会会長、最高学部の研究誌『生活大学研究』編集長としてもご尽力下さいました。
これに加え、今年度は昨年7月に、最高学部のliberal arts教育を紹介するオンラインレクチャーWhat is liberal arts?にご登壇くださり、「問いから始まる人類学」とのテーマでお話しいただきました。また、9月の自由学園リベラルアーツ学会では、「『真理はあなたたちを自由にする』をめぐって〜非キリスト教徒が自由学園で教えること」というテーマでの研究発表を行われました。
先生から自由学園を退任されるタイミングでのお話を伺うことはかないませんでしたが、この二つのお話しは期せずして先生の自由学園でのお仕事の総括としての意味を持つものとなりました。
オンラインレクチャーWhat is liberal arts?はYouTubeで公開していますので是非ご覧ください。またリベラルアーツ学会での報告は『生活大学研究』に掲載し、J-STAGEでの公開を予定しています。
偲ぶ会ではわたしは開会の礼拝担当させていただきましたが、聖書は先生のご生涯を想い、「平和を実現する人々は、幸いである、 その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイによる福音書5章9節)をお読みしました。
礼拝の中で先生の略歴と言葉を紹介させていただきました。

高校時代、理論物理の研究者になりたいと思っていた先生は、授業でキルケゴールに出会ったのが「運のつき」で、哲学を志し大学にすすまれたそうです。しかし哲学を学ぶ中で、もっと現実の生活に足をつけて勉強したいと思うようになり、文化人類学に転向され、東アフリカやアマゾンのフィールドに入っていかれます。さらに青年海外協力隊で南米で3年過ごされ、常に理論と実践を行ききする研究生活を送られたそうです。長く務められた東大で立ち上げから関わってこられた「人間の安全保障」プログラムには、領域横断的に理論と実践を鍛え上げてこられた先生のご経験が反映されているそうです。
東大のホームページにはこの「人間の安全保障」プログラムの理念について、プログラムの目的は「ひとりひとりの人間が安心して生活できる平和な社会を追求する『人財』を育てること」であり、その「人財」には、「問題を深く理解し研究すると同時に、この問題に自ら実践的に関わっていく」ことが求められるとありました。人財の文字には財産の財の字が使われ鍵かっこで強調されていました。
先生は理論を研究することに留まらず、平和な世界をつくるための実践に取り組まれ、理論と実践を往復しつつ多くの方々の隣人としてのご生涯を歩まれました。この人間の安全保障」プログラムの理念はまさに先生ご自身が体現されていたものであったと感じました。
リベラルアーツを土台とする自由学園最高学部の学生の問題関心は多様性に富み、とても幅広いため、ゼミ指導ではご苦労されたことと思います。しかし先生はご自身の研究の枠組みを学生指導に当てはめるのではなく、一人ひとりの学生の興味関心がどこにあるかに根気よく耳を傾け、親身になって問題の核心を掘り起こす助けをしてくださいました。惜しみなく愛情を注ぎ学生に向きあう先生のこの在り方そのものに、平和を創る人を育てる姿勢が示されていました。
偲ぶ会とそれに続いて行われた感謝の集いでは、現役の学部4年生を代表するゼミ生と、これまでゼミでご指導いただいた4人の卒業生が感謝の思いをお伝えしました。現役学部生Uさんは、ゼミでの木村先生の深みのある言葉の一言一言を聞き漏らすまいと、録音しゼミ後に文字化して学び直していたとのエピソードを紹介してくれました。

卒業生を代表してのお話は、東大大学院を経て、現在大学教育に携わっているお二人、映画研究者のOさん、アーレント研究者のFさん、AFS留学窓口を務めつつご自宅を世界に開き留学生受け入れをしているOさん、富士山のふもとでパーマカルチャーのワークショップとネイチャーガイドをしているMさん。それぞれ独自の道を追求しておられているお一人おひとりの歩みに木村先生とのつながりが感じられ、また思い出のことばから、学生たちと親しく接してくださった先生のお人柄が伝わってきました。

私は以前知人から、東大で人気の木村先生の研究室に入ることは難しいと伺ったことがありましたが、少人数で指導を受けることができた自由学園の学生たちは本当に恵まれていたと思います。
オンラインレクチャー「問いから始まる人類学」の中でも語られたことですが、先生は以前よりご自身の文化人類学と最高学部のリベラルアーツには、共通する研究姿勢があるとお話しくださっていました。以下は昨年、ゼミ紹介の文章として先生がお書きくださったものです。
・・・わたしは「人類学」を専攻してきました。「人類学」は、問題を発見するところから始まります。わたしたちが調査に赴く時、大まかなテーマは決まっているとはいえ、まず現場に立ってそこでは何が問題なのかを考え、具体的なテーマを見つけるところから研究は始まります。そして見つけた問題を解き明かすためには、どの学問分野がふさわしいか、どのように論理を組み立てるか、納得できる結論を導くためにはどのようなデータが必要か、考えることになります。そしてそれを決めるためには、役に立ちそうな学問分野に手当たり次第にぶつかって行き、自分に最もふさわしい分野を選んで研究を作り上げるのです。これが「人類学」の基本的なあり方です。「法学」「経済学」といった学問分野(学部・学科)を最初から決めたのでは、自分が本当に考えたい問題を見つけられなくなります。「専門」は大学院で学ぶ時代ですし、その前の段階では分野を横断して勉強することが必要です。そして「人類学」を「リベラルアーツ」に置き換えれば、これが最高学部が目指すものでしょう。
先生はある学問的解釈や手法が、現実を型にはめ支配する構造を生み出すことに大きな警戒感を持っておられました。それが世界を序列化し、多様な世界をありのままに捉える目を曇らせてしまうためです。文化人類学の研究において先生はまず相手の世界を尊重し、謙虚な姿勢で理解することに努め、そこから問題を発見することを大切にされたのでした。深い問題意識の発見がないままに学問分野を決めることから始めてしまうと、自分が本当に考えたい問題は見つけられなくなる。学問分野があって研究があるのではなく、個々の深い問いがあって、その解明に向かう研究が始まる。大切なことは多様な「世界」の現場に立ち、自分自身の本当の問いを明らかにすることであり、これは専門分野の枠を超え、自分自身の問いに向き合うことを重視する最高学部のリベラルアーツに共通するものである。先生はこのようにお考えでした。さらには先生は、異質な他者をリスペクトし謙虚に向き合っていかれる文化人類学者としての姿勢をもって、未知で多様な学生一人ひとりに向き合い、各人の本当の問いの発見を助けてくださったのだと思います。
最後に、先生が10年前の2015年に東京大学を退官されるにあたってお書きになった、「駒場をあとに 人生は、やっぱり奇妙です」という文章の最後の部分をご紹介します。
・・・私の将来は、これからもどうなるかわかりません。でも将来を計算するより今のことに集中したいという私の基本的な気配は変わらないでしょう。「一生懸命」ではなく、「一所懸命」に生きていきたいと思います。孤独で悲観的だった私が、わがままを許してくれた両親・妻・子供たちをはじめ、同僚の教員や事務職員のみなさん、そしていっぱい面倒をかけてくれたけれど、たくさん刺激をもらった学生諸君のお陰でここまできました。
このような文章です。先生は人生に「一所懸命」に向き合うとともに、一人ひとりの学生に「一所懸命」に向き合ってくださいました。そこには生徒一人一人への信頼がありました。人間への信頼、さらには人間を超えるものへの信頼と言えるかもしれません。「計算するより今のことに集中したい」とお書きになっていますが、先生は、計算づく、打算というもので事に当たることのない方だったと感じます。そこに先生の気高い生き方を感じます。
礼拝の最後に、お集まりの皆様と讃美歌418番を歌いました。
心に自由と 智きとを保つ 気高き人々 新しくおこらん
武器なき戦い 挑むはこの世に 心の世界を 打ち立つるためぞ
国々和らぎ 親しく交わり 人々睦びて 相い共に祈らん
文化は栄ゆき、花咲き実りて、 命の調べは 天地に響かん アーメン
聖書の示す平和は、究極的に愛による平和です。しかし今、不穏な国際情勢を背景に、世界でも日本でも「力による平和」への支持が高まっています。このような中にあって、木村先生の「平和を実現する」奮闘に学び、私たちも日々の実践に勤めたいと思います。それが先生が私たちに与えてくださったものにお応えする方法ではないかと思っています。
木村秀雄先生、ありがとうございました。

















