第8回 日立市十王講座「旅と人生―芭蕉を中心に」/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第8回 日立市十王講座「旅と人生―芭蕉を中心に」/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第8回 日立市十王講座「旅と人生―芭蕉を中心に」

2015年11月24日

11月20日金曜日午後から、4回毎週連続(茨城県弘道館アカデミー事業)、日立市十王にある県北生涯学習センターで講座を担当することになった。

講座名は「旅と人生―芭蕉を中心に」。

今まで、芭蕉をまとまった形で話したことはない。大学の講義でも話したことはない。挨拶や随筆などで、少し触れるだけであった。しかし、芭蕉は私にとって、前へ踏み出す時の勇気のようなものだった。

学会などでの研究成果を述べるのではなく、自分と向き合ってきたテキストとして、人間臭い、芭蕉の生き様を、私なりに語ってみたいと思ったのでこのお話を受けることにした。

伝統に縛られる貞門派時代、遊戯に堕落した談林派時代、そして軽みの中に、「わび」「さび」をとらえ、人生を直視した蕉門の確立。
伊賀上野を追われることによって得た邂逅。
故郷喪失が芭蕉を育てたのだ。
旅を人生と、人生を旅ととらえる芭蕉の心を少しでも伝えたいと思う。

前の晩、野口雨情の伝記を読んだ。
講座の場所が雨情の生家に近いこと、生涯学習センター長が、雨情の子孫の方であることを知っていたからである。

雨情もまた、旅の人であった。
「十五夜お月さん」・「七つの子」「赤い靴」「シャボン玉」「こがね虫」など、野口雨情作詞の童謡は、誰もが知っているが、波乱と激情にとんだその人生はあまり知られていないかもしれない。

小樽での石川啄木との短くも濃厚な20代の交遊も、激しい落差のあるものだった。

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる

これは、石川啄木の有名な歌である。
函館の高校を卒業の時、仲間と一緒に校舎の片隅にこの歌を刻んだのを覚えている。
この歌、初めの啄木の案は、「白砂に」ではなく、「渚辺に」であり、「たはむる」ではなく、「遊べる」であった。それを補正、添削したのが、野口雨情であったそうだ。
雨情が函館をどれほど知っていたかは知らないが、啄木の歌は、函館の大森海岸近くの砂山で歌われたものと私は信じていた。「子供之友」「コドモノクニ」などといった大正ロマン結晶への雨情の影響は、自由学園・婦人之友の歴史を語る上でも重要な人物である。

早朝、上野から特急に乗った。以下は往復車中での、独吟歌仙、連句である。

冬空に故郷思う上野駅
 温もりうれし早朝特急
全席が指定となってひた走り
 自由の歌はどこへ行くや
イブ・モンタン涙枯葉を濡らしけり
 雨情晴れつゝ月無何に入る
海遥かワイン片手に日立駅
 震災越える若き夢あり

上野からの常磐線は、北帰行の始発。これが発句。脇句は温かい歓迎を含んで冬の句を二句続けた。

特急は最近全席指定になった。国民総ナンバー制を思う。
最近、日本がみんな一緒に護送船団に乗り込んでいるような気がしてならない。
このままでは、真の自由がこの世界から消えていくのではないか。
そして自由・平等の国フランスの悲劇を思う。

イブ・モンタンはちょっと古いかもしれないが、フランスを代表するシャンソン歌手。枯葉は彼の代表曲。
雨情は、「雲恨雨情岩を通す」といった野口雨情の出典。優しい雨も長き年月に渡ると岩をも通すというのである。
月無何に入るは、「野ざらし紀行」冒頭「千里に旅立ちて、路糧をつつまず、三更月下無何に入る。」(千里の道を行こうとするが、旅をするのに特別な食料も持たない、真夜中(三更)の月の下で無我無心の境地に入る。)を踏まえたもの。
漢詩風を気取った月の定座。平和への希求を込めたつもりだが、無理筋か。

日立駅まで、茨城女子短期大学の塙雅文先生に車で送ってもらった。
帰りの電車で先生の書いた「若い世代への伝言―震災ボランティアを通して」(同大学紀要42集・2015)を読んだ。
若者は前に進んでいる。

日立駅は、新築工事中に東日本大震災を経験した。
2010年女性として二人目になるフリッカー賞(建築設計のノーベル賞などと云われるもの)をとった妹島和世さんの設計。
2011年4月7日に誕生。駅舎の通路にあるカフェテラスは総ガラス。
窓から大きく横に広がる水平線が見えた。

若者のよく似合う駅舎である。テラスでボジョーレヌーボーの香りを楽しんだ。
今年は、11月19日解禁。まだ15年なのに、今世紀最高の出来だそうだ。
新酒は秋と、無理やり秋の句として三句続けたが・・・。

表八句を庵にかけて「おくのほそ道」への旅立ちをした芭蕉を思い出しながらの連句である。
蕉風には似ても似つかず。談林風お遊びに御寛恕を。

コンビニによってお茶を買うと、「PHPスペシャル 12月号 運命が変わる読書」が並んでいた。
この雑誌の特集で「つまづき本を克服しよう!」と題して書いた。立ち読みしていただけると嬉しい。
村田喜代子さんの「ゆうじょこう」を紹介している。

2015年11月21日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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