第31回 デンマーク余話3-ビュツゲはあずましい/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第31回 デンマーク余話3-ビュツゲはあずましい/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第31回 デンマーク余話3-ビュツゲはあずましい

2016年5月22日

チボリを見るアンデルセンヒュツゲ。デンマークの人々が一番大切にしている言葉です。
日本語訳がなかなか見つかりません。
気心が知れた人たちと一緒の食事。シャワーを浴びパジャマに着替えてほっと一息。何時もの部屋でゴロリとした時。都会の喧騒から田舎に帰った時などに使うそうです。
「最高の気分」と云うことですか、と聞いてみました。「違うね・・最高とか比較するんじゃないよ・・」と答え。
「グレイト」でも、「ワンダフル」でも、「ファイン」でもありません。

コペンハーゲンで、世界で二番目に古い歴史を持つ遊園地<チボリ>に行きました。昔の後楽園・・。浅草の花屋敷を大きくしたような雰囲気です。子供たちの軽やかな声を聴きながら、このジェットコースターなら孫と一緒に乗れそうな気がしました。
チボリの小さな池のまわりをカルガモの親子が歩いていました。それを、老夫婦でぼんやり眺めていた時、「ヒュツゲ」の訳語が浮かびました。
北海道(東北でも使います)に、「あずましい」という方言があります。
団体温泉旅行から帰って、家の風呂からあがった時など、
「ホテルはあずましくないね・・・。やっぱり内の風呂があずましいわ・・・」と、語尾を下げた方言で云うのです。
チボリに、スリル満点なんていう表現は当たりません。子供と年寄がゆったり「あずましい」時間を、「ヒュツゲ」に共有できる場所です。

この国に、ヤンテローの掟と呼ばれる考え方があるそうです。
「自分を特別だと思うなかれ」「人より善良だと思うなかれ」「人より賢いと思うなかれ」「自分が一番だと思うなかれ」「他者を笑うなかれ」等です。
優越感・競争主義の否定です。
この中から、「ビュツゲ」な、素朴な「あずましさ」を求める共生社会が生まれたのです。

1973年のオイルショックの後、デンマークでも原子力発電所建設推進の方向が浮上します。しかし、デンマーク国民は、紆余曲折の長い議論の後、1985年、国民投票で原発導入禁止を決断したのです。
デンマークの民主主義は原発を拒否しました。
競争的経済発展を望まず、自然と共生し、「ヒュゲリィ」な「あずましい」道を選んだのです。
日本は、何だか、アンデルセンの「裸の王様」への道を歩んでいるような気がしてなりません。
このままみんなで着飾り続けると、何が大切かわからなくなりそうです。虚偽のリーダーが思い込めば、王様が裸であることを誰も指摘できなくなりそうです。
「王様は裸だよ」
本当のことを云えたのは、幼い子供でした。
私たちは、もっと素直に、実直に、正直に、物事を考えなければならないようです。
「ヒュツゲ」は日常の感動です。
コペンハーゲン市庁舎の前の広場の一角で、アンデルセンが、チボリを見ていました。

2016年5月18日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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