第37回 水郡線 大子(だいご)の宿/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第37回 水郡線 大子(だいご)の宿/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第37回 水郡線 大子(だいご)の宿

2016年7月9日

講演の後、水戸駅で乗り換えを待っていると、上野行きの電車に遅れがでたとのアナウンス。
このまま暑い東京に帰るのが嫌になって水郡線に乗った。

下菅谷の駅舎がなんとなく懐かしく見えて、気ままに下車などしたり、持参の『金色の流れの中で』(中村真理子著 新日本出版社)を読みふけって乗換駅で下車するのを忘れたりしていたら、終点の常陸大子の駅で日が暮れてしまった。

常陸大子駅.JPG_s駅から、袋田の温泉ホテルに電話を入れたが、金曜日の夜はどこも満室。
見通しの甘さにがっくり、不安になった。
しかし、これが幸いした。
駅前旅館を親切な駅員さんに紹介してもらった。
昭和30年頃、小学校の高学年だった時、今思えば、何か理由があったのかもしれないが、突然、父に誘われて東北を旅したことがある。もう60年も前のことだ。 その時に泊まった行商人用の宿だ。

急な階段を上がって六畳間に通された。便所はもちろん共同、和式。窓を無理やり開けると隣家の壁が密着していた。
風呂は、4人も入ればいっぱいになりそうだが、立派に岩風呂。
お上さんが、アツアツの湯を、風呂のふたでかき回しながら、パンツひとつで脱衣場で突っ立っている私に話しかけてきた。
「何処から。仕事かね。大変だね。いい湯だよ。」
いい湯であった。思わず父の十八番だった「佐渡おけさ」を口ずさむ。

風呂から上がり、テレビ水戸黄門ロケの色紙を見ていると、
「食事出してもいいけど、隣においしい店があるからね。」
と、硝子戸の向こうから声がした。
奥久慈名物軍鶏のガーリック塩バター焼き。山盛りの皮つき肉は歯ごたえ十分。自戒の量を越えて冷たいビールがすすむ。

深夜目覚めると、隣のスナックのカラオケが聞こえる。
2時間ほどで、『金色の流れの中で』を読了。日本児童文学者協会創立70周年記念出版「文学のピースウォーク」シリーズの1冊である。
東京オリンピック開催の1964年、小学校6年の少女木綿子(ゆうこ)が、橋の下に隠れ住む、2030年の未来からやって来た「時の流れに落ちた」青年との出会いから物語は始まる。
「戦争責任」を、少女の思いの中で、見つめなおし、時の流れにしっかりと棹差すことを提起したもの。
1964年私は浪人中だった。レトロ気分に浸れる作品でもある。
2003年アメリカのイラク攻撃の年にこの物語は終わっている。落合恵子の解説もいいが、マンガ家今日マチ子の装丁がまことに瀟洒。

以下は最後の一節。
「流れている。
どんなふうに流れている?
わたしは、ちゃんと自分自身の重さを持っている?
ただ仕方なく流されていく砂粒になりたくないから。
未来は、人の力でいい方向に変えることだって、きっとできるはずなんだ。
わたしには、もう責任がある。
不意にあふれてきた涙をぬぐって、木綿子は背すじをまっすぐに伸ばした。」

作者がもっとも読んで欲しいであろう少年少女の読者は、どんな感想文を書くのであろうなどと考えていたら、激しい雨がトタン屋根をたたき夜が明けた。

翌朝、大子から郡山へ。
したたる緑におぼれそうになりながら電車がすすむ。近津を過ぎた頃に雨が上がった。線路わきにヤマユリが咲いている。白いサギがゆったりと飛翔した。久慈川は水かさを増している。

明日は、参議院選挙。流れは変わるのか。流れは勢いを増すのか。
郡山近くで一両編成の車両は若者で満杯になった。

2016年7月9日 渡辺憲司 (自由学園最高学部長)

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