第53回 旅に一押し「ピノッキオの冒険」(大岡玲訳・解説)/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第53回 旅に一押し「ピノッキオの冒険」(大岡玲訳・解説)/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第53回 旅に一押し「ピノッキオの冒険」(大岡玲訳・解説)

2016年12月6日

%e3%83%94%e3%83%8e%e3%83%83%e3%82%ad%e3%82%aa旅に出る時、どの本を一緒に持って行くかに時間をかける。
そんな旅で、最近一番楽しく読んだのは、カルロ・コッローディの『ピノッキオの冒険』(光文社文庫)だ。

訳者の大岡玲君は、芥川賞作家。
大岡君などと呼んだのは、傲慢のようだが、実は彼は、放埓な若き高校教員時代の生徒。
ピノッキオといえば、なんとなく知っているに違いない。ファンタジー物語。数々の冒険を経て人間になる明るい人形の物語。幼稚園の名前にも使われるほど。私のイメージもそれを出ていない。まず思い出したのは、孫と乗ったディズニーランドのトロッコでのピノキオの冒険だ。

一読は、いたずら好きの途方もない悪ガキ<ピノッキオ>に翻弄されるような気分で読んだ。
ハラハラドキドキもしたが、あまりにも残酷な冒険。暗い気分に落ち込んでいくのだが、それから離れることが出来ない。旅の空がどんよりしてくるような気分なのだ。
身勝手、無思慮すぎるピノッキオ。私は<あやつり人形の世界>に憎しみすら感じながら引き込まれた。
1940年(これも驚きの年代だが・・)、白雪姫の大ヒットの後に作られた我々がよく知る、無邪気な少年としてイメージ化されたウオルト・ディズニ―の作り出したピノキオとはまるで違っている。猫と金魚と幸せそうに暮らす、おもちゃ屋のゼベット爺さんは原作の何処にもいない。「星に願いを」を歌うあの可愛いこおろぎのジミニ―クリケットさえも残酷な目にあうのだ。

訳者の解説は、80ページにも及ぶ。この解説が読ませる。
イタリアのホテルのベッドサイドには、新約聖書と共に、『ピノッキオの冒険』が置いてあるそうだ。
原作は、ルカによる福音書に登場する「放蕩息子の帰還」の構造を持ち、「父親からの逃走、救済、すなわち父への帰還」の物語であるとの説を紹介し、作者カルロ・コッローディの人生そのものがこの作品に投影しているとし、19世紀後半のイタリアの国家統一<教育の集権化>による、子供の<貧富格差拡大>への反発の願いがこめられているとも記す。
そして、この作品構造が、キリスト教文脈との近縁性・重層性に富んだものであると述べる。
ピノッキオの生みの親ジェベットは、ヘブライ語起源の「ヨセフ」。職業は大工さん。すなわちイエスキリストの父。
12歳までのイエスが起こした乱暴な奇跡とピノッキオの行動の類似性。サメに飲み込まれる話は、旧約聖書「ヨナ書」を下敷きにしたもの。
ピノッキオの人間としての復活は、イエスの復活。

これは宗教的回心の物語なのだ。ピノッキオが縛り首にされる木は、キリストの十字架と同じ樫の木。神へ、父へ助けを求める最後の叫びもよく似ている。
そして人形から人間への復活を遂げた自由意志の獲得。それは、献身・友情・愛の力によって支えられた、弱き救世主の誕生だ。

ピノッキオの登場を解説は次のように結ぶ。
「奇跡をもたらす力などまったく持たない新しい救世主の創出だった」

追記
この話には、イタリア料理がしばしば登場。
ロゾーリオ酒・アルケルメス酒・タルト・バネットーネ・アーモンドケーキ等々。これも楽しい。

2016年12月6日 渡辺憲司 (自由学園最高学部長)

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