第114回 霜月二十日あまり、「ある精肉店」「似顔絵」「佐藤泰志」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第114回 霜月二十日あまり、「ある精肉店」「似顔絵」「佐藤泰志」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第114回 霜月二十日あまり、「ある精肉店」「似顔絵」「佐藤泰志」

2018年11月28日

霜月も末、時間の流れに焦り、目の前のものを急いで吸収したくなる。

20日、昼、日本学生野球協会の審査室の会議。これも10年以上になる。委員の中では一番年寄のようだ。
夜、池袋の東京芸術劇場での学園の音楽会。皮膚が震えるような感動を覚えた。初等部からリビングアカデミーまで、一所懸命、ひたむきな姿勢が、大ホールをあたたかく包み込む。

21日、朝の礼拝。S先生の言葉が身に沁みた。「結果目標ではない、進行中のことに意義を見出せ」そんなS先生の説教だった。音楽会を成功に導いた裏方の代表の話だ。私のような老人になると結果目標から話し出し、帰結点に向かっているような気がしてならない。待て待て・・・。終わりを見るのではなく、失敗を恐れず歩くことだ、説教は今の自分への檄だった。
夜。古今亭志ん輔の「居残り佐平次」を神楽坂「鮒忠」で聞く。「品川の坂道を下ったり」・「三階から手を打つ」など細かな所に念のいった話しぶり、さすが品川生まれ。畳み掛ける調子のよさ、ほろ酔い気分で堪能。

22日。夜は、明日館で江戸文学の講座第2回、吉原の成立について話す。19歳から80歳過ぎまでの受講生に吉原について話すのが難しいと感じていたが、講義が終わると質問が集中、問題提起にはなったようだ。講義の途中声がかすれて出なくなった。すると、最長老の受講生がのど飴を教壇まで差し出してくれた。

23日 のど痛くやや風邪気味。終日部屋にこもり原稿書き。

24日は、東中野のポレポレで「ある精肉店のはなし」を観る。公開して5周年のアンコール上映。満席で補助席が並ぶ盛況。被差別部落に住む4代続く精肉店。やさしい目をした牛が朝早く町中を屠畜場に引かれていく。一撃のもとに大きな牛の体が倒され、解体作業が始まる。牛の脳天を打ち砕く音も作業で流れる血も衝撃的だった。衝撃が画面の中で命の尊さを紡いでいく。体内の酸素が入れ替わるような感じがした。いわれなき差別の歴史が私の中でことりと音を立てて氷解するような感動だ。ひたむきな家族の連帯感が、人間と牛とのいとなみを聖なるものに昇華させていく。岸和田のだんじり祭りのシーンでは自分がそこにいて綱を一緒に引いているような気持ちになった。命の輝きを共有したのだ。感動は他者に押し売りするようなものではない。しかしこの感動、感性の揺らぎは押し売りしたい。どうしても、多くの人に見てもらいたい映画だ。終了後の纐纈あや監督の舞台挨拶もよかった。「私が成長した映画です。」この一言がずしんと来た。

25日、毎日新聞朝刊の書評ページに、遊廓3冊のおすすめの記事が掲載される。3冊共に、遊郭史を専門にしている人の作ではないものを選んだ。『元吉原考』は、絶版、『江戸吉原の経営学』は、ちょっと値段が高い専門書。『ゆうじょこう』は、新潮文庫で手に入りやすい。方言で書かれ、遊女の肉声を感じることの出来るもの。近代化のなかで、遊女たちは差別され、置き忘れられた存在となった。新聞には、福沢諭吉の狼煙のような欺瞞的言葉「天は人の上に人を造らず」を作中から引いた。南の島から何も知らずに売られてきた少女の遊女への変身物語。若い諸君にも読んでもらいたい作品だ。近代の平等主義の陥穽にも深くコミットした作品だ。
南伸坊さんが私の似顔絵を描いてくださった。写真からのものだが、立体感のあるイラストになっている。まわりからいいですねと云われると、何だか自分でないような気がしてくるが、初めての経験、実にいい思い出になった。

26日の夜は、池袋の蕎麦屋で新聞記者、編集者、映画の助監督、文学館の学芸員らと歓飲。話題は、函館出身(1949年生まれ)の作家佐藤泰志。彼は1982年以来5回芥川賞候補となり、失意のうち41歳で縊死した。今年9月1日に公開された佐藤の原作の映画「きみの鳥はうたえる」で盛り上がる。
寝酒で冴え冴えと酔いが回った。焦るなと思いながらもこの作家ともう一度向き合ってみたくなった。ベットの上、明け方までビートルズの『And Your Bird Can Sing』を聴いた。男たちでじゃれあった青臭かった春を思い出し、3月の函館行きを決める。

 

2018年11月28日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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