第115回 迎えようクリスマス「子供の幸福」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第115回 迎えようクリスマス「子供の幸福」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第115回 迎えようクリスマス「子供の幸福」

2018年12月6日

12月を迎えると、クリスマスの足音が聞こえてくるような気がします。何度も経験したクリスマスですが、毎年新たな思いがします。
礼拝を始めますが、今日は、目を閉じて私の読む聖書の箇所をお聞きください。そして自分の子供時代に戻ってください。泣き叫ぶ赤ちゃんになってください。
今日の聖書の箇所は、『マタイによる福音書』18章1節から5節と、もう一節、『ルカによる福音書18章15節から17節』です。

*そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
(マタイによる福音書)

*イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちはそれを見て、彼らをたしなめた。 するとイエスは幼な子ら)を呼び寄せて言われた、「幼な子らをわたしのところに来るままにしておきなさい、止めてはならない。神の国はこのような者の国である。 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。
(ルカによる福音書)

皆さんと一緒に、目を閉じて子供時代にかえりましたが、私たちは、この瞬間に天国に一番近い時を過ごしていたのではないかと思います。今読んだ口語訳聖書では「幼な子」とあり、新共同訳では「子供」と云っていますが、大切な事は、おさな心をもって接しなさい、童心のひたむきな祈りの時が、天国に一番近い時なのだと云うのだと思います。子供のようにならなければ、天国に入ることが出来ないという聖書の言葉は、年をとれば取るほどわかるような気がします。体力的なことばかりではなく、心が枯れてくるような気がしてなりません。裸木のように神様に向かっていけるような気がしてきます。

ルカの福音書の方は、「幼な子」とした方がいいようです。子供では考える範囲が広すぎます。イエスの祝福を受けようとして、多くの人が集まってきます。
イエスを囲む弟子たちが、「幼な子」を連れた人の入ってくるのを遮ったのでしょう。泣き叫ぶ幼い子供であったのでしょうか。
現代であれば、ベビーカーをバスに乗せようとした母親を遮るような状況でしょうか、又、音楽会などで子供の出入りを禁止する状況でしょうか、家の近所に幼稚園が出来るとうるさいから反対だと云う住民でしょうか。
「子供」に対するイエスの寛容な心がここにあります。寛容が、忍耐が、親切さが、情け深さが、イエスの教えの中でもっとも大切な教えであることは云うまでもありません。「愛は寛容なのです」(コリント人への手紙13章)。

ちょっとわき道にそれます。
2018年3月に世界幸福度ランキングが発表されました。国連とコロンビア大学が設立した「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」が共同で発表したものです。一人当たりの「国民総生産」・「社会的支援」・「健康寿命」・「社会的自由」・「寛容さ」・「汚職のなさ」などの評価基準を設けて行ったものです。
日本は、この評価で、54位で昨年の51位から3ランク降下しました。評価基準などについてもいろいろ意見があるかもしれませんが、先進国の中できわめて低い数値である事は記憶されていいでしょう。冷静に受け止めなければならない数値です。因みに、ベストトテンの多くは、フィンランド・ノルウェーなど北欧の諸国です。又、評価に「寛容さ」と云う基準のあることも注目していいでしょう。愛の基礎的条件思考が不足していると云うことでしょう。聖書の話も思い起こすところです。

又、ユニセフ協会が主導した「先進国における子どもの幸福度」調査における日本の総合順位は6位です。ここでもやはりオランダ・フィンランドなどの北欧諸国が上位を占めています。評価基準には、「物質的豊かさ」・「健康と安全」・「教育」・「日常生活上のリスク」・「住居と環境」などが上がっています。日本は教育の分野では、第1位です。幼児教育をはじめ、大学進学率が高い点などが評価されたようです。ところが、「物質的豊かさ」では、21位です。子どもを取り囲む貧富の格差が極めて深刻に広がっていることを物語っているのです。

幕末、ペルリが通商を求めて、日本にやって来たとき、もっとも驚いたのは、おもちゃ屋の多いことそして庶民の子どもに対する寛容さでした。日記には「日本は子どもが大切にされている国」だと記しました。
しかし、今の日本では「子どもが大切にされている」とは云えないのではないでしょうか。

クリスマスは幼な子のことを思う時です。

マドリッドのプラド美術館に所蔵されているムリーリョの「羊飼いの礼拝」は、マリアに抱かれるイエスの誕生を羊飼いたちが礼拝する絵です。光指すイエス。今にもマリアが私たちにイエスを差し出すように見えます。イエスに抱かれているのではありません。私はイエスを抱いているのです。手を離せばイエスは私の手から滑り落ちていくのです。イエスは愛する者たちと重なります。

クリスマスは、妻が子供を産んだ時の事や、孫の誕生の無事を祈った時のことを思い出す大切な時です。世界中の人々の誕生への祝福がイエスへの感謝とともにつながる時です。
そして、ムリーリョの絵を見ていると抱かれているのが自分だと思えてくるのです。自分を抱きしめたくなるのです。幼子になった自分の命のなんと愛おしいことでしょう。クリスマスは自分のたまわった命をイエスに感謝する時です。

 

追記
[バチカン市 ロイター]  毎週水曜日に行われるローマ法王の一般謁見で11月28日、母親から逃れた男の子が壇上に上がり、スイス衛兵の手を引っ張るなどしてから法王の玉座の後ろで遊びはじめる出来事があった。子どもを連れ戻そうとした母親は法王と短い会話を交わし、一家はアルゼンチンからきており、子どもは言葉が不自由だと説明。フランシスコ法王は遊ばせておくよう伝え、参列した数百人の巡礼者に対し、「この子は話すことができないが、意思表示はできる。彼は私に、自分が自由だという考えをもたらした。しつけられてはいないが、自由なのだ」と、笑いを誘いながら語りかけた。 さらに「彼が話せるよう、神の恵みを願おう」と述べた。

 

2018年12月6日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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