第7回 共同セミナー「江戸の粋が未来を変える」始まる/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第7回 共同セミナー「江戸の粋が未来を変える」始まる/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第7回 共同セミナー「江戸の粋が未来を変える」始まる

2015年11月15日

会場はフランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館

セミナーの様子   会場はフランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館(重要文化財)

11月13日、池袋の自由学園明日館で、産業技術大学院大学(AIIT)と自由学園(JIYU)との間の、共同セミナー「江戸の粋が未来を変える」が開かれた。
足場の悪い夜7時からの開講であったが、約40名ほどの熱心な参加者があった。

そこには、カルチャースクールなどの講義形式とはまったく違った空気が流れた。
「明日館」の静かな、柔らかな光線の下、外からは時雨がゆらす木の葉の散る音が聞こえる。

突然のように、「一隅を照らす」という、最澄の言葉が浮かんできた。
「経寸十枚これ国宝に非ず。一隅を照らすこれ国宝なり。」
径寸は金銀財宝の意。一隅は今自分のいる場の意。

都会の片隅のこの場明日館における試み。
即ちここにいて今認識しようとしていることが、新たな世界<未来>の光源になるのだ。

AIITとJIYU。
一方は、大学院における専門教育を旨とした、理数認識の世界である。
一方は、リベラルアーツの人間教育を伝統とした教養認識の世界である。
これは、異文化の交通といっていい。
新たなる化学反応が今ここに起きようとしている。

今日のオピニオンリーダーは、AIIT側が、國澤好衛氏。
プロダクトデザイン、デザインマネージメントの専門家。
JIYU側が大塚ちか子氏。遺伝育種学、自然誌が専門である。

表題は、「粋なカタチ。環境との調和」
「粋」という、成熟の概念構造が、俎板(まないた)である。

渡辺は、ナビゲーターというか、司会者。
議論の方向に道筋案内をすると云うことになるのだが、これは難しい。

國澤氏は、最初に、フィリップ・スタルクのレモン搾りを画面に映し出した。

デザイン:フィリップ・スタルク

http://store.alessi.com/ita/it-it/catalog/detail/juicy-salif-spremiagrumi/psjs?

削ぎ澄まされた、とでも云うのであろうか。受け皿を持たず直接的にコップに絞られていくのである。機能性を持ちながら、遊び心がある。
「何と、粋ではないか。」私は胸中で喝采した。
実用性のない「粋」などありえない。飾りが先行するものは、「粋」と呼ばない。

20151114_01

産業技術大学院大学:國澤好衛氏  自由学園:大塚ちか子氏

次に提出されたのは、福田繁雄がその名を高めた1975年ワルシャワ戦勝30周年記念ビエンターレのポスター。大砲が空から逆に砲身にもどる構図である。大胆さの中で、謎解きがある。さらに話は、東芝電気釜、松下電器のクリーナーなどと具体性に言及。デザインにおける意味論の背景にあった記号論、ワルム造形大学(ドイツのデザイン学校)の近代デザインにおける共感性の理論。

そして、ひねりの手法の前提として、國澤氏は以下の言葉を引用する。
「法王ボニファキオ八世は、狐のようにその地位につき、獅子のようにその職務をおこない、犬のように死んだ。」
直喩における作品論が、私の脳裏を久しぶりにかけめぐる。そして内在するレトリックの話である。
まさに江戸の小説技法が、仕掛けた戯作の手法にも通じている。そこが、「粋」の発生の源であったのだ。

大塚さんの話の焦点は、九鬼周造が述べた言説、<「いき」は、「生」が基礎的地平であり、「意気」が、「生きる」ことと不離の関係にある>と云うことを、大塚氏が、フィールドの基盤としている現東京都東久留米市柳窪1丁目の伝統的集落「柳窪」を中心に展開したもの。

自由学園:渡辺憲司(全6回の本セミナーのナビゲーターを務める)

自由学園:渡辺憲司(全6回の本セミナーのナビゲーターを務める)

緑の島などとも呼ばれるこの民家集落は、江戸時代末期から現在に至るまで生活の場として使われている。
その伝統的な大型・中型民家の土蔵群。民家を取り囲む青垣・高木・巨木がそびえたつケヤキ・杉などの屋敷林の集落が広がっている。
ここは、1670年に新田として成立し、1950年代以降、宅地開発で農地と雑木林が急速に減少する中、市街化区域から市街化調整区域への逆線引きによって武蔵野の農業集落としての基のうえに、新しい武蔵野のありかたを模索している地域である。
350年前の入植時に植えられた屋敷林のケヤキとスギ、および特産の柳久保小麦を育て活かしている「ヒンメリ」(麦わら細工。フィンランドのクリスマス飾りなどとしてもよく知られる)の細工。(これも粋ですね・・・。)
さらに、屋敷を取り囲む杉・ヒノキなどの景観が紹介された。

「吉野杉では、うまく成長しないんです。杉自体がこの地に適応した形で成長しているんです。」との大塚さんの説明が、すとんと胸に落ちる。
又、1955年2月に自由学園の女子学生によって描かれた当時の茅葺屋根の民家のスケッチも紹介された。
大塚さんの講義は、生命が支える「粋」の具体論とでもいえよう。

二人の講義が、江戸の「粋」とどう絡んでいくのか。今後の課題であることは確かである。
だが、
「江戸時代以来の柳窪に、フィリップ・スタルクのレモン搾りがよく似合う。」
これは今日の勘どころである。

一隅を照らす、この試みが、暗中模索の中で新鮮さを持っていることは、確実である。
次回は、11月26日(木曜日)「粋」な技術。人間との調和」

追記 11月22日(日曜日)、午後8時から、テレビ東京「教科書に載っていない20世紀」で、渡辺がコメントします。終戦直後の米国占領下における日本の悲劇的女性史への新たな視点を語ったつもりです。

2015年11月14日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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