第11回 芭蕉・雨情・仁斎・隅田川・羽仁吉一先生/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第11回 芭蕉・雨情・仁斎・隅田川・羽仁吉一先生/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第11回 芭蕉・雨情・仁斎・隅田川・羽仁吉一先生

2015年12月14日

70歳にしては、ハードスケジュール。
11日から3日連続の講義があった。

11日は、日立市での芭蕉講座最終日。
芭蕉が晩年抱えていた孤愁が、「おくのほそ道」の旅立ちに感じられること。そして、大坂での客死直前の一句「秋深き隣は何をする人ぞ」の懐かしさ説と孤独説の間合いに、人間へのいとおしみがあるのではないかと力説。

帰路、磯原の野口雨情記念館と雨情の生家資料館に立ち寄る。
人生まさしく旅の中にあった詩人の帰宅地である。

「広いこの世は三千世界 親のない子は皆おいで」

雨情の原点を示す人懐っこい字の前で、館長の雨情のお孫さんの話を聞いた。
この地には、雨情の確かな継承が息づいている。

磯原で、帰りの電車を待つ間、駅前の食堂(山口屋)で講座の受講生と一杯やった。
水を一切使わない、アンコウの肝と自家製の味噌でアンコウをグズグズ煮込んだもの。どぶ鍋と呼ぶ。
一期一会この味にありといった絶品の妙味。

12日は、学園主催のリビング・アカデミーのプレ講座で講義。
カルチャー講座や社会人教育は世の中にあふれているが、自由学園が目指すリビング・アカデミーは、それらとは一味も二味も違う。
これは学外者講座ではない。参加者は、自由学園の学生となって学ぶ。

広いキャンパスで、農芸にいそしみ、木工を行い、染色もやる。
地域の高齢者の食事作りもやって見ようと云うのである。
自由学園の最大の特徴である「自治」も学びの中に入る。自治のための「委員」が選出されるのである。
孫や子供と一緒にもう一度学びなおす、年配者には何とも贅沢な講座である。

私の担当は、教室での学び「座学講座」のひとつ。
江戸時代の儒学者、伊藤仁斎の「童子問」の一節を紹介。

「卑キトキハ即チ自カラ実ナリ。高キトキハ即チ必ズ虚ナリ。故ニ学問ハ卑近ヲユルガセニスル者ハ、道ヲ識ル者ニアラズ。道ハソレ大地ノ如キカ。天下地より卑キハナシ。然レドモ人ノ踏ム所地ニアラズトイフコトナシ。地ヲ離レテ能ク立ツコトナシ。」

これは、当時の江戸幕府、又、権力者の思想基盤であった、林羅山の考え方とは相対する考え方であった。
羅山は、あくまでも「天は尊く地は卑し。」身分に上下がなければ国は治まらないと云う。
仁斎には発想の逆転がある。このことゆえに、「文学は人情を道ふ」の一語が生まれ、井原西鶴等の作品群が誕生したのである。

最後に、「福助」の話。福助は「不具助」を転じたものとの一説あり。障害のある人が人と人の間に、福を呼ぶと云うのである。
このこともゆっくり4月から話をしたい。名付けて「江戸のヒューマニズム」開講予定である。

帰路池袋へ、江戸川乱歩の長男で江戸の情報学を牽引した立教大学名誉教授平井隆太郎先生の通夜。
帰り、いつもの通り、うどん屋「立山」の鍋焼きで一杯。ゆっくり体にしみてくるほっかりしたいい味だ。

13日は、東向島の東武博物館で、もう6年以上になる公開講座。
今年のテーマは「隅田川と文学」。墨田区が来春開館予定の「すみだ北斎美術館」の目玉になると云う葛飾北斎の肉筆「隅田川両岸景色図巻」の紹介を兼ねようか、などと思ったりしてこのテーマにした。
永井荷風にまで言い及ぶつもりでいたが、船遊びの艶話が長引いたり、古今亭志ん生の「お初徳兵衛浮名桟橋」の人情話をしていたら時間となる。

隅田川の船遊びといえば、島本久恵の「長流」に、こんなシーンのあることを、同室の自由学園副学園長の高橋さんに教えてもらった。
『羽仁吉一が、ふなばたに手をかけて少し体を乗出しました。品格のある立派な、たとえば時代劇の主役の顔で、ちょっと年齢がわからないのですが、あとから数えるとこの年あたりは二十四五でした。
「君は益(ます)良夫(らお)、酒量においても人後に落ちる人ではない。」
「いや私は能のない男でして。」
吉一は蒼い顔に沈痛な笑みをうかべ、すると消えない言葉の訛と共に、ふくみの深いいわゆる明治の長州型が歴然として一座に威風を示した。』

小説の中でのことだが、続けて、「この人はよほどの飲み手で」であり、「ちびりちびりと親しむ」の飲み手であったと記している。
若き羽仁吉一先生への親しみがわく場面である。
帰りは、荷風が愛し最後の食事をしたと云う浅草の「アリゾナキッチン」で一杯。
「もうすぐ羽子板市ですよ。先生は・・」
「今年は、四谷怪談。見納めの歌舞伎だよ。」と私。

明日は、71歳の誕生日。この日は、アップルパイと紅茶。
71歳はソフトに行きたいものだ。

2015年12月14日 渡辺憲司自由学園最高学部長

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