第12回 初等部クリスマスメッセージ「あなたの手」(矢沢宰)/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第12回 初等部クリスマスメッセージ「あなたの手」(矢沢宰)/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第12回 初等部クリスマスメッセージ「あなたの手」(矢沢宰)

2015年12月22日

「クリスマスをどんなふうに迎えるのかなと私、こぶしを握りしめ戦う姿勢をとる。
「ちがうちがう」と小学生の歓声。
「どんなかな」と私。
「お祈りのかたち」と3年生のまじめそうな女の子。
「そうだね」と私。
「五郎丸だよ」と4年生の男の子。
ワ~と、盛り上がる記念講堂。

インターナショナルスクールの合唱団の讃美歌を聞いた後の短い時間、ちょっとしたハプニングで、大学生と小学生の合同の礼拝になった。
私が、あまりの可愛さに小学生の前で話をしたくなってしゃしゃり出たのである。

「今ごろ、マリア様は大きなおなかを抱えてよっこらしょ、よっこらしょって、暗い道を歩いているんだよ。」と私の大きなおなかをもっと膨らませてよろよろ歩き出す。
みんな爆笑。
「マリアお母さんの肩を抱いているのはだれ」
「ヨゼフ」と大きな声がする。
それから少し話をして、鼻をつまみながら臭い馬小屋をうろうろしている私。
そして、突然。
「オギャア。オギャア。」と云う私の素っ頓狂の声に子だもたちが騒ぐ。

(以前日曜学校でこのパフォーマンスをした時(といっても50年以上も前のことだが、)には、ここで、子どもたちに目をつぶらせて、「生まれた日のことを想像してごらん。」と静かにさせるのだが、この時は時間が短くできなかった。)

パパが言うよ。「見てごらん。男の子が生まれたよ。」
ママが言うよ。「立派な大工さんになりますよ」
「さあみんな、この赤ちゃんを抱きたい人」
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
「弟や妹のある人は生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた人がいるかもしれないね。そっと抱くんだよ。」

「いつもはね。みんなは神様に抱かれているんだよ。でもね、クリスマスの日はね、生まれたばかりのイエス様を君の手で抱くんだよ。優しく抱かないと、イエス様は、落っこちて死んでしまうかもしれないんだよ。何年も、何十年も、何百年も、何千年も、人々はやさしい手でこのクリスマスを迎えたんだよ。」

「クリスマスをどんな手で迎えるかわかるかな」
「やさしい手」と子どもたち。
「そうだね。卵を抱くようなやさしい手だよ」

「一つの詩を紹介しましょう。
矢沢宰(やざわおさむ)さんという、詩人がいました。この人は、僕と同じ年に生まれましたが、21歳の時に病気で死んでしまいました。今生きていれば71歳ですね。ほとんどの生活が病院の中でした。こんな詩があります。」

あなたの手は
握りしめるとあたたくなる手だ
あなたの手は
あたためるとひよこが生まれる手だ

「みんな手を見てごらん。いい手をしてますね。」
「クリスマスにはそのやさしい手でイエス様をやさしく抱きしめてくださいね。」

*****

矢沢宰は 昭和41年(1966年)に亡くなった詩人です。
彼は、小学校2年生で腎結核を発病し、右の腎臓を摘出します。そして又、小学校の卒業式で激しい血尿に倒れ、それ以降はほとんど三条結核病院での入院生活が続きます。16歳の時、一時回復し、病院付設の三条養護学校中学部に入学します。
高校入学前に5年ぶりで退院し、新潟県立栃尾高校に入学しました。
しかし、2年生の時、腎結核を再発し、再入院。劇症肝炎を発症し亡くなったのです。

彼が育った新潟県見附市では矢沢宰賞といった全国の中高生を対象にした詩の公募があり、『光の砂漠』といった詩集も刊行されていますが、矢沢宰といった名前を聞いても、ほとんどの人は知らないでしょう。
八木重吉の後継のキリスト教詩人と位置付けてもいいと私は思っています。

矢沢宰の故郷である新潟県見附市を思い出します。
駅前には、特産品の「うるめの佃煮」の看板があります。うるめは、メダカのことです。小さな瓶づめが、2,000円近くしますから、今は高級品です。
メダカ料理と聞いてちょっとびっくりしましたが、この地方では、冬場の貴重なたんぱく源で30年ほど前には、家庭料理として一般的だったそうです。ほろ苦さが口の中に残るなかなかの美味です。やや甘口の新潟の冷酒に相性抜群です。
見附はメダカの沢山いそうな水のきれいな田園地帯です。

市の図書館には、矢沢宰のコーナーがあり、14歳の10月から書き始めた詩の原稿や日記、読書ノートがあります。2年後16歳の10月には、200篇もの詩を書いています。全部では、500編を越えるでしょう。中学生・高校生としては読書量も大変なものです。中原中也・八木重吉・石川啄木といった日本の詩人はもとより、広く外国の詩人にも関心を寄せて、書写していました。

矢崎宰の墓前に行きました。墓の前に、自筆の詩が刻された碑があります。

「風が」
あなたのふるさとの風が
橋にこしかけて
あなたのくる日を待っている

橋は宰の生家の近くの刈谷田河に架かる河野橋でしょう。40メートルほどの橋です。
この川で宰はいつも祖父と魚釣りをしたそうです。彼を包み込むやさしいふるさとの風が、宰の帰りを待っていたのです。

墓のすぐそばに、宰の通った小学校があり、その外壁に宰の詩を主題にしたモザイク画が描かれていました。
小学生が力いっぱい書いた大きな手が二つ三つとありました。詩「あなたの手」をモチーフにしたものです。

人間は、生まれた時に初めて見るものが自分の手であり、死ぬ時に最後に見つめるのも手だそうです。

自分の手で私は何をしたか。
この一年この手を大切にしてきただろうか。
やさしい手だっただろうか。
ひよこをあたためることが出来るだろうか。
クリスマスにイエスを抱きしめる資格があるであろうか。
誰かに抱きしめられるのではなく、
誰かを抱きしめることができるだろうか。

今年も自問を繰り返して終わりそうです。
よきクリスマスの訪れをお祈りします。

2015年12月21日 渡辺憲司 (自由学園最高学部長)

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