第14回 隅田川から帯広へ/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第14回 隅田川から帯広へ/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第14回 隅田川から帯広へ

2016年1月18日

1月17日午後、玉ノ井(東向島)の東武博物館で、隅田川にからめ、日本文学における耽美派文学の話をした後、18時、帯広に向かって羽田を発った。

早く自分を、耽美の世界に沈潜した男たちの世界<パンの会>から、19日に行われる旭川での講演<坂本竜馬の北への志>の清教徒的開拓精神の話に頭を切り替えようと思うのだが、そんな時に限って、今ぶつかっているものから避けているような気がする。引っ越し荷物の整理で古新聞に出会って、手が止まるような気分である。
パンは、山羊の脚と角、そして髭をもつというギリシャ神話の牧羊神である。
江戸の情調と異国趣味が高踏的若者たちを魅了したのである。

北原白秋(「邪宗門」)の詩にラッパ節の曲をつけて、若者は酔狂に紛れた。
「空に真っ赤な雲の色 まへに真っ赤な酒の色 何でこの身が悲しかろ・・」

自由学園の絵画教育に大きな影響を与えた山本鼎(かなえ)の妻家子は白秋の妹である。もちろん、鼎自身もパンの会の有力メンバー。信州の上田で見た、鼎の版画は、浮世絵そのものだった。

祇園での吉井勇、伊豆の木下杢太郎(もくたろう)記念館近くの温泉宿のぬくもり、彼らの浪漫の象徴的人物だったドイツ人フリッツ・ルムプの戦争の歴史に翻弄された半生、冬のポツダムのグリューワイン・・・。

北海道向きの厚着のままで、パンの会のメンバーと隅田川河畔の青春のロマンティズムの熱気をやや過剰に語ると、汗がびっしょり出た。

「生まれてより眼に見えぬただ一人を思う さまざまな人を慕いて ただ一人の影を追いける・・・両国橋の橋の上 白い絣の古ばかま 三十近い馬鹿者の柄にないよなふさぎかた」(「泥七宝」)

最後に、ヨーロッパから帰り、仲間たちと一度は放蕩を繰り返したものの、耽美的世界から抜け出し、隅田川に背を向け、国を愛し、智恵子を愛した高村光太郎のこの詩にふれた。

帯広駅前。温度計は零下17度。
光太郎の詩がまた浮かんだ。

「冬だ、冬だ、何処もかも冬だ 見渡すかぎり冬だ その中を僕は行く たつた一人で」

ホテルのバーの書棚に、古本屋でどうしても見つからなかった、写真家岡田昇の「カムチャッカ探訪記」が置いてあった。
一時間、十勝の赤ワインを流し込みながら、猛烈に熱いスープスパゲティーを肴に、カムチャッカの頁をめくった。

はっと気が付くと、白いセーターがワインの返り血を浴びている。
酔うてはならぬ。鉄路の音が聞こえるいい宿である。
東京は大雪のようだ。帯広はしんしんと晴れ。

2016年1月18日朝 帯広にて
渡辺憲司(自由学園最高学部長)

カテゴリー

月別アーカイブ