第107回 「贋作 桜の森の満開の下」・「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第107回 「贋作 桜の森の満開の下」・「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第107回 「贋作 桜の森の満開の下」・「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」

2018年9月17日

9月に入ってから、野田秀樹演出の「贋作 桜の森の満開の下」とマキノノゾミ演出の「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」を観た。

「贋作 桜の森の満開の下」は、相変わらずの満席、大変な人気であった。平成元年に初演され、今までに、歌舞伎も含めて4回再演されている。フランスでも公演が決まっているそうだから、日本の現代劇を代表すものであることはたしかだ。舞台展開も見事なもの。配役も豪華でチケット代金も高価だ。学生に見せたいと思うがちょっと高すぎる。観客も、初演当時からの野田ファンが大部分という感じである。テンポのいい芝居でギャグも笑わせるのだが、18年前のギャグなら受けるであろうと云うものも多い。観客動員も含めて、新たな企画意図が必要なのではないか。
面白く観たのだが、満開の桜の霊気のようなものは感じられなかった。少し手の届かないところに芝居が行ってしまったような気がした。致し方のないことかも知れないが夢の遊民社の肌ざわりが消えていくようだった。大衆から離れた古典になってはなるまい。

観劇の前の日に、原作となっている坂口安吾の「桜の森の満開の下」を一気に読んだ。安吾はこの作品の背景を、3月の東京大空襲の死者を集めて上野の山で焼いた時、折から桜が満開で、人けのない森を風だけが吹き抜け、「逃げ出したくなるような静寂が張りつめていた」と記している。山のすべてが自分のものだと思っていた山賊にとって、桜の森の下だけは恐怖に満ちたもの、満開の時にここを通れば気が狂うのだ。生首をならべる美女、鬼への変身。美しくもグロテスクな作品だ。虚空そして孤独、それが本質なのだと迫って来る恐ろしさがある。

観劇の途中、突然降って湧いたように、東日本大震災の2年後の春に、原発事故の跡地をめぐるために、広野から南相馬へとタクシーを走らせたことを思い出した。震災前花見客でにぎわった常磐線夜の森駅の周辺を通った時だ。タクシーの運転手さんの「窓を開けないでください。放射能が入りますからね」という制止を聞きながら、タクシーをしばらく止めた。満開の桜の花びらが実に静かにアスファルトの道に降りそそいだ。こんな静かな日にどうして花が散るのだろうと、古歌を思いながら、霊気を感じた。散る桜は鬼の流す涙なのだ。
舞台で舞い散る桜が涙を流している。戦後と同じように、私の中から東日本大震災も原発事故も消えかかっているのだ。「贋作 桜の森の満開の下」は、観客に覚醒を求めているのかもしれない。虚無の世界に引きずり込みながら・・。

 

「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」を観る前の晩も茨木のり子の詩集を読んだ。装飾を拒否したような簡略な言葉は、私に語りかけてくるような気がする。観劇の日の朝、高等科女子部と学部で礼拝を担当したので、茨木のり子の詩を紹介した。

 

●自分の感受性くらい  茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもがひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

 

自由学園では、体操会が近づいている。その練習に学生も生徒も児童も一所懸命である。体操会はもちろん日ごろの研磨の発表の機会である。しかし、他の学校の運動会や体育祭とはっきりと一線を画している。ここに競争という概念が入り込む余地はない。体操会は、感性のハーモニーである。協力から生まれる感受性のハーモニーがなければ、自由学園の体操会は成り立たない。日常以上に相手の気持ちに寄り添わなければ体操会の意味はない。「忙しいなどとは絶対言うな」。忙しいと云う字は、心を亡くすることを意味しているのだ。時間に追われ、怒りがこみ上げたり、友達に何か嫌みの一つでも云いたくなった時こそ、野の花の美しさに微笑みかけ、そのかぐわしさに目を閉じろ。焦燥の時こそ「感受性」を磨け、そんな話をした。

「蜜柑とユウウツ 茨木のり子異聞」の舞台は一幕だ。横広がりの長い舞台だ。東伏見の茨木のり子の自宅の書斎を舞台にしたもの。効果音が実にいい。近くの小学校の子どもたちの声、チャイムの音。かすかに聞こえる西武新宿線の線路の音。生活感をにじみ出しながら、茨木のり子の一生を冥界からやって来た人物たちと追って行く。この芝居も大評判で、2004年の初演以来、何度か全国ツアーなどもあった。今回は「グループる・ぱる」のさよなら公演だそうだ。息のあったいい芝居だった。劇中で語られる詩が心にしみた。

 

●倚(よ)りかからず  茨木のり子
もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある 倚りかかるとすれば
それは椅子の背もたれだ

 

帰宅して、この詩を調べたら、作者が私と同じ73歳の時のものだった。戦後73年、敗戦の悲しみと引き換えに手にした平和も憲法も変わろうとしている。二つの芝居が語りかけているものは同じものだ。過去は未来への道しるべなのだ。変らぬ理想への理念こそが世の中を変えるのだ。

 

2018年9月17日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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