第62回 紹介『〈ヤミ市〉文化論』/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第62回 紹介『〈ヤミ市〉文化論』/前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

前最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第62回 紹介『〈ヤミ市〉文化論』

2017年3月15日

ひつじ書房から『〈ヤミ市〉文化論』が刊行された。
2015年9月に、立教大学、東京芸術劇場、豊島区の三者で「池袋=自由文化都市プロジェクト」を実施し、その時池袋西口公園でホッピービバレッジ株式会社等の協賛を得てイベントを行ったり、東京芸術劇場ではカストリ雑誌等の展示を行った。 立教学院展示館、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター、豊島区郷土資料館さらに、明日館などでも共催の展示を行なった。本書はその一環として企画されたもの。
目次をあげておく。

Ⅰ シンポジウム
戦後池袋の検証―ヤミ市から自由文化都市へ―   吉見俊哉、マイク・モラスキー、川本三郎、石川巧(司会)
エッセイ 1945年吉原雑記  渡辺憲司

Ⅱ 都市とメディア
都市としての闇市       初田香成
民衆駅の誕生―国鉄駅舎の戦災復興と駅ビル開発  石榑督和
読売新聞による「新宿浄化」キャンペーン―ヤミ市解体へのエール  井川充雄

Ⅲ ヤミ市の表象
敗戦後日本のヘテロトピア―映画の中にヤミ市をめぐって  中村秀之
小説テキストにおける闇市・闇屋の表象  渡部裕太
石川淳「焼跡のイエス」から手塚治虫、梶原一騎、王欣太「ReMember」
~ 戦後マンガにおける闇市の表象分析~
 山田夏樹

Ⅳ 風俗と表現
占領期東京の小劇場・軽演劇・ストリップ -秦豊吉と東郷青児の邂逅   後藤隆基
占領期のカストリ雑誌における原爆の表象   石川巧
昭和二〇年代の探偵小説 -『宝石』の作家たちと新宿  落合教幸
映画『君の名は』(1953〜1954)論 戦後的メロドラマの通俗性と感傷性  河野真理江

冒頭のシンポジウム。吉見は1940年代半ばから50年代初頭の狭間に、
帝国日本からポスト帝国への移行の断層への直視の必要性を語る、モラスキーは、居酒屋研究の中でストリートカルチュアーの残存と流動性に解放区の存在を見る。
川本は、永井荷風、種村季弘の見た池袋を浮き出させ既成的ルールのはみ出しの意味を問う。

初田は新橋ヤミ市を中心に、その成立過程を都市の<孵卵器>と呼びながらその成立を実証している。
石榑は豊橋民衆駅・池袋西口民衆駅の建設過程を述べながらハブ駅の役割を考察。
井川は新宿ヤミ市を取り上げ〈新宿浄化〉の実態を、ブランゲ文庫資料の「山の手商工新聞」などを使いながらGHQとテキヤの対応などに新見を提示する。

中村は、ミッシェル・フーコーの「ヘテロトビア」概念を解きほぐしながらヤミ市の映像的表象を語る。
大映の『雷雨』(昭和21年公開)が、ヤミ市が重要な役割を果している最初の作品であると指摘。
ヤミ市表象の政治的無意識などの論立ては鋭い。上野闇市の実景は資料的にも興味深いもの。

渡部は闇市、闇屋の小説テキストの表象が、そのスタイルを継承しながらテーマパークの作品化という方向へ一元化していくという。
山田は、闇市から現在も抜け出せない戦後日本の問題性にも言及している。

後藤は、占領期の小劇場における軽演劇と派生した裸体表現の作り手にふれて敗戦直後の〈現在〉をあぶり出そうとしている。東郷青児の一面など新たな資料の発見に光彩がある。
石川の論考は、「被爆者はどこに行ったのか?―占領下の原爆言説をめぐって」(『Intelligence』20世紀メディア研究所、2013.3)の続論として書かれたもの。
架蔵のカストリ雑誌をふんだんに用い、論の最後を、「怖いもの見たさの感覚で原爆に関心をもちつつ、実体としての被曝者には関心を払おうとしなかった読者たちの二重論理」があると述べる。

落合は雑誌『宝石』を中心に提偵小説の復興をたどる。
河野は、「すれ違い」が戦後日本の時空間の歴史的特性を体現していると指摘する。

そして、私。1945年の8月15日の吉原をドキュメント風にまとめようとしたのだが、これは思惑はずれに終わった。
戦後文学史ではふれられていないであろう。48年刊行娼婦小説でベストセラーになった各務千代作の『悲しき抵抗』の背後に、戦後直後の哲学書の爆発的流行やフランス哲学のアランの思想の影響のあることなど、本作の偽作の可能性などを問題にしたかったのだが腰折れエッセイで逃げた。

あえて云えば娼婦小説にすら、又売春婦のうごめく非倫理の世界にも、戦争嫌悪と生への希求が強く内在していたのである。
それは新たに踏み出した風俗の肌身の哲学であった。

最後に館山の「かにた婦人の村」と自由学園出身の名誉園長天羽道子氏にふれている。
拙作を除けば力作がそろっている。忘れてはならぬ戦後70年の意味を問うためにも、読んでいただきたい一書である。

2017年3月13日 渡辺憲司 (自由学園最高学部長)

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