第80回 「風が吹いた、帰ろう」公演。大島へ。/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第80回 「風が吹いた、帰ろう」公演。大島へ。/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第80回 「風が吹いた、帰ろう」公演。大島へ。

23日、四国、高松で公演された劇団桃唄の『風が吹いた、帰ろう』を観に行きました。この劇は、2016年東京の高円寺でも公演されていますから二度目です。
私のゼミの学生だった楠木朝子君が出演し、その夫君の長谷基弘氏が脚本・演出を行っているという縁もありますが、この芝居の舞台となっている瀬戸内海の大島の近くで公演すると聞き、観たくなったのです。

1907年(明治40年)ハンセン病患者を隔離、強制的に収容する法律の制定により療養施設「大島」が置かれたのは、1909年(明治42年)です。昭和16年には「国立らい療養所大島青松園」、戦後は昭和21年に「国立療養所大島青松園」と改称さています。
現在、ハンセン病は、感染性が絶無であることが証明され、1943年(昭和18年)には特効薬「プロミン」も発見され、かって不治の病であるとされた認識が大きな過ちであったことが明確にされています。国は、法律制定89年後の1996年(平成8年)にらい予防法を廃止し、2001年その政策それ自体に大きな誤りがであったことを認めました。

『風が吹いた、帰ろう』は、大島を訪れた若者たちが、療養施設の人々と触れ合いながら、自分たちの生き方を見つめていくと云うものです。
肉親と切り離されこの島に送られた人たちの過去は悲惨です。兄の骨壺を返しにやって来た兄嫁を玄関で拒絶する弟のこと。子孫を残さないために断種され島内で愛し合う二人の性。祖父に病気があったことで婚約が破断された話。社会から全く遮断され風を丸めて対岸に送ろうとする少女。
過去の差別の実態が生々しく舞台で演じられます。そしてその過去に触れ、自分の在り処を探す現代の若者たちの姿が覆いかぶさるように演じられます。極めて深刻な状況を私たちが日常性の中でどう向き合っていくのかを問うているようです。舞台は軽やかなミュージカル調のリズムと突き詰めた叫びが交差します。
ハンセン病回復者への差別が現代の今も無くなったと言い切ることは出来ません。病に対する無理解が今も人権侵害を生んでいます。過去に封じ込めるような歴史ではありません。

長谷氏は、パンフレットの中で「今回の劇では、ハンセン病について「私たちのこと」を描こうとしました。」・「帰り道や町歩き、島巡りのふとした瞬間に、今日の劇のこと、劇中に出てきた人々のことを、思い出していただければ幸いです」と。

翌日、朝、大島を訪ねました。見学者は高松港の事務所で手続きをして乗船します。官有船のみが就航しています。乗船料は無料です。
大島までは約8キロ、20分ほどです。日曜日でしたから、島の教会の礼拝に行く牧師さんと思われる人と一緒でした。

島にあがるといたるところで盲導鈴がなり、童謡を奏でています。島の中には、病院の他に郵便局。又神社・お寺・教会などの他に、石仏が並んだミニ八十八か所があります。島にいながら四国八十八か所めぐりが出来るようにと大正の終わりころに作られたものです。海を見に散歩しているお年寄りにも出会いました。多い時には700人を超えた入所者も今は60名を切り、平均年齢は83歳だそうです。

島のはずれの方に「風の舞」と呼ばれる場所があります。亡くなった人を火葬にし、残りの骨を納めているところです。社会的差別や隔離政策のために、遺骨の引き取り手の家族も少なかったのです。1992年(平成4年)に出来たモニュメントです。「せめて死後の魂は風に乗って島を離れ、自由に解き放たれますように」という願いが込められたものです。大島には約2100名の方が眠っています。

小さな島です。一時間もあれば一回り出来ます。急ぎ足の訪問でしたから、美しいと評判の夕陽は見ることが出来ませんでした。高松への最終便は4時半ですから、冬の方がいいのかもしれません。海上タクシーという手もあるそうです。
大島は、瀬戸内国際芸術祭の会場でもあります。10月28日(土曜日)には、田島征三さんがライブイベント、女優の原田美枝子さんが朗読、シンガーソングライターの優河さんの歌もあります。原田さんの朗読は、青松園に在籍していた詩人塔和子さん(1999年高見順賞)の詩です。

 

かかわらなければ この愛しさを知るすべはなかった
この親しさは湧かなかった
この大らかな依存の安らいは得られなかった
この甘い思いやさびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
子は親とかかわり 親は子とかかわることによって
恋も友情も かかわることから始まって
かかわったが故に起こる幸や不幸を積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は 人の間で思いを削り 思いをふくらませ 生を綴る
ああ 何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
私の胸の泉に 枯れ葉いちまいも 落としてはくれない (命の詩)

 

2017年9月25日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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