第119回 十勝晴れ 新得訪問記/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第119回 十勝晴れ 新得訪問記/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第119回 十勝晴れ 新得訪問記

2019年2月5日

新得共働学舎は、私に大切な優しいぬくもりを届けてくれるサンタクロースの故郷だ。新得へは2年ぶり、2度目の訪問だ。
朝早く車で帯広駅を出発。少し風が出てきたようだ。畑の上の雪がパウダーのように空に舞っている。
白樺林の向こうの青空にポッカリ白い雲が浮かぶ。まさにこれこそ<十勝晴れ>!
白い子豚に似ている。幼い頃、よく空を見上げては雲がどんな動物に似ているかを考えた。
「あ!オジロワシだ。」と運転を頼んだ十勝育ちのT君。
足に何かを捕まえている。一瞬の滑空、鮮やかに白い尾が見えた。
北は大雪連峰、西は日高山脈、南東には十勝平野が広がる。ここは北海道のど真ん中だ。
新得駅から車で10分。山裾に抱かれた陽だまりに共働学舎の建物が並んでいる。

新得共働学舎は、2018年10月に40周年を迎えた。ここでは約80名の人が、苦楽を共にして生活しているが、その半数は障がいを抱えた人たちだ。代表宮島望さんは、『みんな、神様がつれてやってきた』(地湧社)で記している。
「生き方に迷っている人、人から見放された人、社会を見限った人が、太陽や月星、山、川、森、土、牛やバクテリアたちと、共働して、いのちの花を咲かせている。」と記しそして、学舎に身を寄せた人たちを、メッセンジャーと呼び、「彼らを追い詰めた原因を考えているうちに、この社会のゆがみが見えてくる。さらに彼らの望みがかなえられるよう試行錯誤しているうちに、今度はゆがみを解決するためのヒントが出てくる。つまり彼らこそ、世の中が解決できなかった問題が何なのか、その問題をどうやって解決したらいいかを指し示してくれる。」と記している。

共に生きるとは如何なることなのか。強者が他者を押しのけて成功者と呼ばれる、そんな近代社会は、大きな落とし穴に入り、「いのちの花を」朽ちさせている。本当のやさしさとは何か。山並みが、神々のごとくこの里を見つめる。

学舎の人たちと一緒に昼食。2年前訪れた時にお会いした市川さんの顔もあった。サリドマイド被害のため両手を失い、足で食事をする。朝早く干し草を積み、パソコンも上手に使いこなす。筑波大学出身だ。生まれるとすぐに祖父は父に市川さんを土に埋めるようにと命じた。父は思いきれずに彼を施設に預けた。母はその後の彼を知らないそうだ。
『新得共働学舎通信』の最新12月号に、市川さんは記す。「私は一日一日を大切に日々の生活を送っておりますし、透析も問題無く過ごしております。今年から透析時間が5時間になりましたが、此れは15年後の生存率を上げる為の措置であります。…皆様にとって来年が良い年であります様に祈っております、私自身も充実した一年を過ごす事が出来ます様に、健康に注意しながら過ごしてまいります。」と。
「覚えていますか」と私。
「覚えていますよ」と市川さんの満面の笑みが私を抱きしめる。
悲しみを乗り越えたかけがえない一人一人の人生が、私たちに勇気と希望を与える。

「零下10度くらいかな、しばれるね。滑るから気を付けてね」と大きなガラス窓にサンサンと太陽を浴びる宿舎兼作業場や農場を見学。案内は、自由学園出身の加藤さん、お子さん二人も自由学園出身者だ。一人は昨年の卒業研究で新得共働学舎の歴史のアーカイブ化を発表、反響も大きかった。
親牛がゆったり寝そべり、生まれたばかりの子牛が甘えるように啼いている。
世界の品評会で多くの賞を獲得したチーズの熟成庫、自然流下でミルクにやさしい工房。徹底した自然との一体化が生んだチーズだ。
ミンタルと呼ばれるお洒落なカフェ・ショップで、アルプスの少女ハイジにおじいさんが食べさせたというラクレットをいただく。ジャガイモの上に熱くとろけたチーズが、のどにとろけていく。モンドセレクションで世界が認めた味だ。これは孫に自慢話が出来そうだ。

予定していた時間を過ぎ大慌てで隣町の十勝牧場の白樺並木に向かう。NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」最終回、マッサンとエリーが手を取り合って駆け抜けた林だ。長さ1.3キロ、500本以上の白樺林だ。キシキシと靴音を立てながら歩く。
北国の日暮れは早い。白樺林の上の白い子豚の雲がピンク色に変わった。
「夕暮れに間に合うかな。急ぎましょう」と十勝が丘展望台へ。
細い三日月が出てきた。日高山脈の稜線の上の残光が赤い、その上にうっすらとしたピンク、そしてサンセットブルーの空が広がる。時を刻みこむような大河の滔々とした流れが今日の日を惜しむかのように眼下で光っている。ピンクの子豚は漆黒の闇で眠りについたようだ。

気ぜわしく宿に荷物を置き、ばんえい競馬に行く。もちろん初めての経験、ナイターの光に、体重一トンを越す馬体が白い息を吐き鉄そりを引き驀進する。北海道開拓の辛苦を乗り越えた人馬一体の物語が彷彿とする。
馬券はビギナーラックで見事に的中。勢い付いて、夜は屋台村へ。昭和のノスタルジアが漂う。アイヌ料理の屋台へ。
アイヌの神々や先祖の贈り物として儀式用に使う濁り酒「カムイトノト」で乾杯。ひえと米麹で醸造したもの。ちょっと酸味のある軽い味わいだ。「ポネハウ」は、豚骨をじっくり4時間ほど野菜と一緒に煮込んだスープ。祖母が風邪を引くと決まって作ってくれた三平味の鮭を豚骨に変えたような味だ。
「カムイトノト」でほろ酔い気分、夢で赤い子豚の雲が浮かんでは消えた。

翌日は、緑が丘公園の百年記念館へ。明治16年に入植してから100年になる昭和57年(1982)に作られた。郷土学習の拠点だ。大きなマンモスがお出迎え。先住のアイヌの人々の犠牲への畏敬が浮かぶ。自然との共生をこの地は育んだ。
馬橇の前で、112年前、1906年、明治39年、帯広監獄の受刑者にキリスト教伝道にやってきた坂本直寛を思う。坂本直寛は、叔父坂本龍馬の北海道開拓の夢を引き継いだ人物。馬車に鞭うって狩勝峠を越えて来たのだ。当時の監獄の囚人の多くは、旧幕府の保守主義者であり、自由民権を叫んだ人々であった。職員を含む監獄関係者は、約1500人、一般住民の2倍を越えた。受刑者らの手によって原始林は切り開かれたのだ。
広大な公園の一角には、赤いレンガの「監獄石油庫」がある。帯広で現存する最古の建造物。当時最先端のフランス積み工法。レンガは囚人が獄内の工場で焼いたもの、十字の葉型の刻印があるそうだ。

日の暮れに急かされながら空港へ。旧駅舎が残る愛国駅から幸福駅へ。思いのこもった幸せへの切符が駅舎に所狭し張られていた。
ふんわり浮かんだ子豚がキューピットに変わった。十勝はロマンの大地だ。
冬の十勝はどこよりもあたたかな、いのちの花の咲くところだ。

 
 

【追記】
現在発売中の『明日の友』(婦人之友社)早春号に、ほぼ同内容の「いのちの花の咲くところ」が掲載されています。ブログは編集で割愛された部分も書きました。(『明日の友』掲載分の方がすっきりしています)また、『明日の友』では、美しい十勝の自然や新得の様子を辻博希氏の写真で楽しむことも出来ます。『明日の友』是非ご購読ください。

 

2019年2月5日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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