第172回 梅が咲いた : 愛・大切/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第172回 梅が咲いた : 愛・大切/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第172回 梅が咲いた : 愛・大切

2021年2月12日

<7時半。礼拝には少し時間が早い。池に薄い氷が張っていた。寒い冬が続くなと思って、振り返ると白梅が咲いている。一枝は満開だ。歩みを早め、近寄りマスクを取り、思いっきり息を吸いこんだ。

不安と慌ただしさの中で移ろう季節を忘れていた。マスクのせいではない。大切なものが入ってくるのを閉じていたのだ。梅が心にそれを教えた。抜けるような青い冬空に初等部の子どもたちの挨拶が聞こえる。いつもより小声だが、元気な足取りだ。今こそ大地をしっかり踏みしめねばならないのだ。

自由学園は、生活団・初等部から女子部・男子部・最高学部まで、原則として対面授業に踏み切った。厳しい感染対策を取り、オンライン授業も併用だ。教育を止めることは出来ない。3学期は成長への最重要なステップボードだ。強い思いで寮も開いた。

厳しい自己規制はやさしさの母胎だ。先が見えないのではない。先を見るために今を直視するのだ。

礼拝。キリシタンの宣教師が、<愛>の訳語に苦労し、「万事にこえてデウス(神)をご大切に思ひ奉る事と、我が身を思ふ如くポロシモ(隣人)となる人を大切に思ふ事これなり」と<大切>と訳した話をした。窓を開けると梅の香りが広がった。>

***

『婦人之友』の今月号(2021年3月号)に短いこんな文章を書いた。ブログ掲載の写真は私のものだが、『婦人之友』掲載の魅力的なプロの写真を是非ご覧いただきたい。

<大切>とキリシタンが訳したことについて少し書き加えておきたい。引用の文章は、『ドチリナキリシタン 第7』(日本思想体系「キリシタン書」)を出典としたもの。『申命記』『レビ記』などにもこのことが語られているが、もっとも対応するのは『マタイによる福音書』22章37節から40節まで、律法の中でどの掟が重要かという質問に答えるイエスの2つの掟を一つにしたものである。

今月の25日に角川書店から刊行される拙著『生きるために本当に大切なこと』のあとがきにも、
「書名に「大切」の文言を入れてもらった。キリシタン時代に宣教師たちが、聖書の「愛」の言葉の翻訳に苦労し、「大切」という言葉を使ったことを思い出したからだ。『日本国語大辞典』の「御大切」の項には、「近代になってから「愛」という語で表わすようになった心の動きをキリシタン文学でいう」と解説もある。「愛」以前、日本では「大切」と云う言葉が一般的であった。書名「生きるための本当の愛とは何か」と言い換えてもいいかもしれない。しかし、それではちょっと面はゆい。本書をきっかけに、身近な仲間に「それが大切だよ」と語りかけることが出来たらと思う。」
と記した。

愛のみではない、キリシタン文献における<自由>また<恋>など、その語られる内容をさらに吟味すれば新しい発見がありそうだ。

2021年2月12日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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