最高学部始業式、大きな事故もなく皆が夏を過ごし新学期を迎えることができたことは本当にうれしくありがたいことでした。学生たちに以下の話をしました。

マタイによる福音書 5:13-16
詩編 133編1節
今日は「共生」ということについて最近の新聞記事からお話しします。
最高学部では昨年から「共生共創プログラム」が動き始めています。人と人との共生、人と自然との共生、そして私たちが神様の愛の中に共に生きること。「共生」にはこの3つの意味を込めています。創立者羽仁吉一先生は、人真似ではなく自分らしさを大切にして生きることを「自主独創」という言葉で表しています。共に生き、共によりよい社会を創る「共生共創」は、これと対になる言葉です。私たちが目指すのは、自主独創の人であり、共生共創の人と言うことができます。
日常的に使うこの「共生」という言葉について、非常に大きな問いかけの文章が9月12日の朝日新聞に寄稿されました。芥川賞作家の市川沙央さんによるものです。読んだ方はどれくらいいるでしょうか。
市川さんは1979年生まれ。2023年7月に「ハンチバック」というご自身をモデルにした小説で第169回芥川賞を受賞した方です。幼少期に全身の筋力が低下する難病「先天性ミオパチー」と診断されて、中学生の時から人工呼吸器を使い、学校に通えなくなり療養生活を続けてきました。
以前のインタビューで、東日本大震災の時には電力利用が制限される中で命の危険を感じ、コロナ化では守るべき命の価値の優先順位という議論に恐ろしさを感じたとおっしゃっていました。
今回の朝日新聞への寄稿は、2024年秋に朝日新聞社が開催した「朝日地球会議」というシンポジウムを強く批判するものでした。
「輝かしい理念に続いて紹介される70人近い登壇者は、すべて元気そうな人ばかり。障害当事者や家族あるいは支援者の立場の人すら、一人もいないのです」
市川さんは「朝日地球会議」が「対話でさぐる 共生の未来」というテーマを掲げながら、20以上のセッション、76人の登壇者に、障害者やその家族、また支援者が一人もいなかったこと、さらにプログラムのテーマにも障害者関連のものは一つもなく、アクセシビリティーとして手話通訳や同時字幕の準備もなかったことを厳しく批判されました。
「朝日新聞は、いったい誰と、何と共生するつもりなんだろう。・・・クマ?」という言葉には憤りを超えた無力感、絶望感も感じられました。
市川さんは、さらに「誤解のないように言っておきます。私は障害者への配慮の不足を批判しているのではない。『共生』という語をめぐる思考の不徹底を問うているのです。」と書かれています。
身体的弱者への想像力なしに、無思考に、流行りのように共生をうたうことは、共生という言葉の持つ真の意味を貶めている。あなたとわたしの間には「心理の断絶」がある、という訴えです。
「障害者はいつものように、いないことにされ、『共生』の輪からも消された。私にはもう、未来に期待する気力が残っていません。」
寄稿はこのような言葉で結ばれていました。
この寄稿は、大きな影響力を持つ朝日新聞に向けられたものでありますが、同時に私は、これは一メディアに対する批判を超えて、私たちの社会全体に向けられた言葉であると感じました。では自由学園における共生、最高学部における共生に実態はどうだろうかと。
最高学部の最も大きな特長は少人数であるという点です。人間教育を実現する場として、生活を共にして共に働き共に食卓を囲み、助け助けられ信頼関係を創ることができるという点が、少人数ならではの最も大きな特長です。
これは人が人として自己肯定感をもってその人らしく成長するためには、顔が見える人格的な交わりが不可欠であるという教育理念に基づくものです。私たちは大学教育においてもこの立場を大切にしています。
昨日は2年課程修養会がありました。学部での学びが本当に充実して楽しいという言葉を聞くことができたことはたいへんうれしいことでした。しかし誰もがそうは思えているでしょうか。
私たちは互いが知り合い理解しあうことができるというこの特長を活かせているでしょうか。少人数であるがために狭く閉じた仲間意識をつくってはいないでしょうか。社会にも開かれた意識を持っているでしょうか。共に深くかかわり生きることを大切にできるこの環境を、最大限の努力をもって生かさなければ、「塩が塩気を失う」(マタイ5章13節)ことになります。
「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」(詩編 133編1節)
この恵みと喜びを感謝と共に実感できる場にしていきましょう。そしてこの恵みと喜びを広げていける一人一人になりたいと思います。
今学期は体操会という行事に向かう学期ですが、そのような身体的な表現を示すときだからこそ、私たちの想像の枠を広げて、「共生」という言葉により深い意味を与えることができる生活を皆さんとともに創り出していきたいと願います。
なお市川さんの寄稿は朝日新聞のサイトで無料公開されています。ぜひ全文をお読みください。
奪われた「共生」の言葉 障害者なき対話に市川沙央さんは思う:朝日新聞
