第175回 退職あいさつ「自由学園の誇りを胸に」(保護者会だより)/ - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第175回 退職あいさつ「自由学園の誇りを胸に」(保護者会だより)/ - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

第175回 退職あいさつ「自由学園の誇りを胸に」(保護者会だより)

2021年3月20日

2021年3月をもちまして、自由学園最高学部を退職いたします。6年間まことにありがとうございました。私は、自由学園のことをほとんど何も知らずに着任いたしました。婦人之友社の『明日の友』では、紀行文を連載させていただき、その後も何回か記事を書かせていただきましたので、婦人之友社との御縁はありましたが、自由学園のことは、羽仁もと子という名前や明日館とともに想起するくらいでした。自由学園の出身者でもなく、又保護者としての経験もない学部長は私が初めてではないかと思います。

着任前に羽仁もと子のことを知る必要があると思い、八戸のもと子の足跡を追いかけたり、明治の教育史を少しかじり、津田梅子、広岡朝子らと羽仁もと子と比較した一文を雑誌に書いたり致しました。又、着任前の1年間は、非常勤としてつとめさせていただきましたし、着任が決まる前に、卒業式でゲストスピーチもさせていただきました。

着任前の秋だったと思います。リトアニアに講演に行った時でした。講演後、聞きに来ていた日本人3人の方と、食事を一緒にしようということになり、店を探し夜の街をぶらぶら歩いていましたら、後ろでしきりに自由学園という単語が出てまいります。もちろんその時には、私が自由学園に行くなどと云うことは誰も知りません。その声の主が、リトアニア在住の菊池昭一郎先生(元初等部の体育の先生)のお嬢さんだったのです。

その後、自由学園に着任した後も、私が自由学園最高学部長だということで多くの方に声をかけていただきました。国内で話をする時はもちろんですが、アメリカ・カナダへ講演に行った時も、ロスで、バージニアで、バンクーバーで、ニューヨークなどで、卒業生や友の会の方に声をかけていただきました。

昨年11月に取材で富山県へ行った折にも、持参した自由学園のクッキーのおいしさを前から知っていたというお寺の奥様の助言が住職を動かし、難しいと云われていた仏像の撮影許可を得ることが出来ました。

私は、自由学園と云う名前で友の会をはじめ実に多くの方を知ることが出来ました。まずこのことに心より感謝申し上げ、このブランド名を皆さんと一緒に共有し、誇りにしたいと思います。

50年以上前に始まった私の教師生活とも3月で終わりになります。いつもこの時期は、来年こそはまともな講義をやるぞと、新たな気持ちで履修要綱を執筆していました。(結果的には何時も中途半端な講義で終わってしまうのですが・)それもなく、生徒・学生のいない4月の到来など考えようがなく、寂しい気も致します。しかし、最後の教員生活を自由学園で過ごしたことは何よりも嬉しいことでありました。

自由学園と私の過ごしてきた教員生活での大きな違いの一つは、保護者会でした。

よく近頃の生徒や学生は変わったなどと云いますが、私にとって50年前、教えた横浜の定時制の生徒も又その後江古田の武蔵で教えた生徒も下関の女子大で教えた学生も、立教大学で教えた学生も、立教新座の中学・高校で教え接した生徒も、まったく変わりがありません。時代によって彼ら彼女らが変わったとはまったく思いません。夢を追いそれを叶えて喜んだり、夢に挫折して悲しんだり、50年接してきた青春に違いはありません。

私が学園に来て一番驚いたのは、保護者の方の学園への関わりです。2月の末に刊行された角川文庫本『生きるために本当に大切なこと』で以下のような文章を書きました。

「先日、自由学園の保護者会のリーダーの方々と話す機会があった。その時、こんな声が上がったのに私は驚き、感動した。「自分の子供だけでなく、他の子供の状況も知らせてほしい。何かお役に立つことがあったらしたい。」各々の私的情報に関する配慮は十分にしなければならない。しかしその配慮が孤絶を生むことになってはいけない。他人の子供の悩みを、自分と同じように子育てに悩む仲間としてとらえよう。他の子供のことも自分の子供と同じように考える。他者は自己の反映、自己は他者の反映。もとより過干渉ではない。他人の子供への無視は罪悪だ。「うざい」と拒否する姿勢と何ら変わらない。今の世だからこそ、互いの愛に基づく「お節介」が必要なのだ。他者を愛することは、教育現場がよって立つイエスキリストからのメッセージであり掟なのである。「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイによる福音書22章39節)

今読み返してみると、なんだか教訓めいた文章ですが、これは「お節介」「うざい」という言い方から、保護者会の話題に転じた一節です。

今までの教員生活で、これほど保護者会の方とお話しするなどと云うことはありませんでした。まして大学生活の期間に保護者が色々の場で積極的に関わるということは、他の大学では見ることの出来ない状況ではないかと思います。保護者会活動が負担になることもあるでしょう。学園への保護者会の関わりに色々の問題があるかもしれません。しかしこの緊密な関係は、教育にとって実に重要なことであると思います。何物にも代えがたい自由学園の歴史の財産であると思います。是非この関係を持続していって欲しいと思います。

KADOKAWAの編集者の方から、自由学園最高学部長ブログと東日本大震災の時の私のメッセージとからめた本が出来ないだろうかと相談されたのは、4か月ほど前です。是非自由学園最高学部長の任期中に刊行して欲しいということはお願いしましたが、それにしても大変な早さで出来上がりました。失礼や誤りがあるのではないかと心配ですが、御寛恕のほどをお願いいたします。時に応じて、まず自分に何が一番大切なものかを問うた自戒の書(自戒になっていませんが・・)です。

デンマークでパスポートを紛失しやむなく(オレロップにだけは訪問致しましたが)何処にも行けず、コペンハーゲンのホテルにとどまりキルケゴールの墓参りをした時の話や、女子部の伊豆合宿に行かせていただいた時の話やなどの他、新得の話、学生と歩いた原発被災地の話、その他、長い教師生活の思い出も記しました。飲み屋のカウンターでらっきょう漬けをぶつけ合い(半年間出入り禁止になりました)同僚と論争した放埓な呑兵衛の話も入れました。その中で、もっとも多い部分を占めたのは、この保護者会だよりからの引用です。「爺さんあんた気の付くのが遅いんだよ。」そう言われるのは覚悟の上ですが、私が保護者の方に教員として育てられたと云うのが率直な思いです。

まことにありがとうございました。

解説を池上彰さんが書いて下さり身に余る光栄なのですが、文中「渡辺氏は敬虔なクリスチャンです」の一文には、閉口、恐縮、申し訳ないような恥ずかしいような気持ちです。最初書名は『教員生活ラストメッセージ』としようとしたのですが、遺言みたいで縁起が悪いということで、『生きるために本当に大切なこと』としました。自由学園着任後、私からお願いしてブログを書かせていただきました。公的なブログで勝手なことを書いてきたこともお詫び申し上げなければなりません。

ブログと保護者会だよりをお読みただいたみなさまの支えなしに本書も刊行することはできませんでした。

2月27日、ZOOMで保護者会に出席した後、理事会があり、学園を出る時は、6時半を回っていました。

マスクを取り梅の香りをいっぱいに吸い込んで空を見上げると満月でした。木々の光影が私を大きく包みました。光あふれる自由学園の歩みに大いなる愛が満ち溢れますように・・。私も、最高学部の卒業生として、老境もう少しの間でしょうが、前向きに<自由学園の誇り>を胸に歩んでまいりたいと思います。自由学園最高学部保護者会の発展を心よりお祈りいたします。

【追記】
『生きるために本当に大切なこと』(角川文庫)を、保護者会として買い上げていただき、在校生に配布することが出来ました。恐縮至極、まことにありがとうございました。私にとってまことに嬉しい退職記念となりました。御礼申し上げます。

2021年3月20日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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