第63回 2017年卒業礼拝 「埋み火」/学部長ブログ - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

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第63回 2017年卒業礼拝 「埋み火」

第63回 2017年卒業礼拝 「埋み火」

第63回 2017年卒業礼拝 「埋み火」

ある人の追善に
埋み火も消ゆや涙の烹(に)ゆる音

松尾芭蕉の『あら野』所収の一句です。

別の本には、
埋み火や涙の落ちて煮ゆる音
とあります。二句とも同じ意味です。

「落ちる悲しみの涙が煮えて音を立てて、埋み火も消えてしまう程です。」
おおよそ、こんな意味です。
「ある人の追善に」の前書きは、『笈日記』には、「少年を失へる人の心を思ひやりて」とあります。
岐阜の安川落梧の幼い子供が亡くなった時に送った悼句です。

芭蕉は『野ざらし紀行』でも、
手にとらば消えん涙ぞあつき秋の霜
と、有名な句をよんでいます。

母の遺髪を兄から受け取った芭蕉は白い髪を秋の霜のように感じたというのです。
熱い悲しみの涙が遺髪を濡らしているのです。
芭蕉自ら「心あまりて言葉足らず」と述べていますが、形式を無視した母の死への激しい悲しみがほとばしり出るような句です。

母の遺髪の句の激しさに対して、「埋み火」の句には、悲しみの中にも静謐があります。
「埋み火」は、炉や火鉢のよくおこった炭火に灰をかぶせてそのぬくもりを長持ちさせることです。
情景を踏まえれば、「あなたはきっと幼い子をなくして、火鉢に手をかざし、その息子のことを思いながら埋み火をじっと見ていることでしょう。私もそんなあなたを思いながら、埋み火を見ながら冬の夜を過ごしています。」となるでしょう。

3月は東日本大震災の時です。
地震が起きたのは、午後2時46 分でした。
その日の夜、東北地方では雪が降っていました。雪が黒く暗い海の上に消えていきます。津波が去ったあと人々は大きな焚き火をしました。

「あの火は命だった。あの火には励まされた。すべてを流されても火があるのだ。そう思いながらね。寒かったけど生きているんだなと思ったよ。あれは送り火だったんだよね」

2011年の夏、被災地を歩いた時、こんな話を聞きました。そして、送り火はその時には、招魂の迎え火に変わっていました。
黒天を見つめ、冥海の遠くに目を凝らし、壮絶な炎を前にした人々のことが思い浮かびます。
消えかかる残り火は、涙にかすんでいました。沈黙の輪でした。
それは、芭蕉が埋火に落とした涙です。暗い浜辺に波の残響があります。人々の涙は、篝火に落ち煮えたのです。

仏教の教えに、同悲と云う言葉があるということを、雑司ヶ谷の鬼子母神堂の説教で聞きました。
自分の多くの子どもを育てるために、多くの子供の命を奪っていた鬼子母神は、懲らしめを受け彼女の一人の子をお釈迦様に隠されたそうです。鬼子母神は嘆き、子を失われたものの悲しみを初めて知ったそうです。愛されたものを失う悲しみは、同じ体験により、同じ悲しみにより心を通じ合うことが出来る。鬼子母神の悔恨は慈愛に変わり、人々の信仰を集めたのです。

同情ではありません。同悲です。
体の痛みを分かち合うことは出来ません。同傷の共有はあり得ません。しかし、同悲は共有できるかもしれません。
私たちは、辛い思いをした過去を共有した人のことを知っています。それは言葉にならないものだったかもしれません。沈黙の連帯です。

同悲が生み出したものは小さな希望です。
埋み火に手をかざし落とす涙です。煮える涙です。
津波の去った後に天空へ上った篝火です。命の炎です。

コリントの信徒への手紙(二)は語りかけます。
「キリストの苦しみが満ち溢れて私たちにも及んでいるのと同じように、私の受ける慰めもキリストによって満ち溢れているからです。」
聖書はさらに語りかけます。<同じ苦しみに耐えることが出来る時>、<希望はゆるぎない>ものになるのだと。そして、「なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、わたしは知っているからです。」と。

あなた方を育んだものは、学びの園の心地よいみどりの風ばかりではありません。
祝意を込めて言いましょう。同じ悲しみが友を生んだのです。
同悲は同窓の希望の埋み火です。昇華し行く手を照らすかがり火です。

神共にいまして、行く道を守らんことを。
旅立つ諸君に大いなる幸あらんことを祈ります。

追記
今年は、横浜の捜真女学校高等部・以前勤めていた立教新座中学校、そして、例年のごとく自由学園最高学部で、卒業に際しての礼拝奨励をしました。話の内容は、それぞれ違い、聖書の引用の個所も違いますが、芭蕉の句と同悲のことは引用しました。

2017年3月18日 渡辺憲司 (自由学園最高学部長)

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