第64回 BSテレビ「吉原」放映余話と案内/学部長ブログ - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

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第64回 BSテレビ「吉原」放映余話と案内

元吉原が開設されてから、400年ということなのか、テレビで吉原について解説する羽目になった。

考えをまとめるにはいい機会を与えられたような気もするのだが、何しろ時間に追われた解説なので意を尽くすことはできない。

 

片岡愛之助さんの番組「歴史捜査」(BS日テレ4月6日10時から放映)は、「吉原の光と影」というもので、かなり漠然としたテーマだったが、愛之助さんの上手いリードに乗せられ楽しく話すことができた。

「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」という、其角の句があるが、初五で切れば、闇の夜に吉原だけは月夜のように明るいと、明の句。中七できれば、月夜の夜にも吉原だけは闇の夜だという暗の句になる。受け手の吉原への思いが解釈を分けるのだ。吉原の持つ歴史の悲哀と文化の源泉の意味を語ったつもりだ。

 

BS-TBSの「歴史鑑定」(5月1日10時から放映予定)の方は、ナビゲーターの田辺誠一さんの質問に答える形のもので、スタジオを離れて研究室での撮影となった。

テーマは、<吉原百人斬り>。これは、田舎大尽の佐野次郎左衛門が、吉原の遊女八つ橋に愛想尽かしをされ、刀を振り回し大暴れをした事件。この話は、もちろん江戸時代でもセンセーショナル事件として知られていたであろうが、有名になったのは、3代目河竹新七(黙阿弥の高弟)の歌舞伎「籠釣瓶花街酔醒」(かごつるべさとのえいざめ)が、明治21年に演じられて、大評判となってからだ。

 

さて、その籠釣瓶の実説と呼ばれるものだが、その実説が何時であるかはっきりしない。

事件も二説ある。元禄9年説は、『洞房語園後集』(享保18年刊)で八つ橋の抱えは、兵庫屋。「三都勇剣伝」(『近世実録全書』)の享保8年説は、中万字屋抱えとしている。(もっともこの実録もどこまで信じていいかはわからない。成立はおそらく明治初年であろうか・・)そして、厄介なことに、伝承がもっとも広まった「籠釣瓶花街酔醒」では、ストーリーはほとんど「三都勇剣伝」によりながらも、遊女屋だけは、兵庫屋になっている。元禄の頃の状況は吉原細見と呼ばれる遊郭案内書も数少なく情報がない。享保の頃からは、かなり大きな店で、浮世絵などにもその名が残っている。中万字屋もさほど小さな店ではなく、座敷もちの遊女も抱えている。

 

「三都勇剣伝」には、八つ橋の部屋が、12畳と8畳の間に6畳の納戸付、20坪ばかりの内庭がついていると云う。これほどの遊女ならもう少し資料があってよさそうだがうまく符合するものがない。もっとも八つ橋などといった、古典作品ゆかりの源氏名は吉原では掃いて捨てるほどいる。若い間夫を持つのも高位に上り詰めた遊女には当然のこと。

 

事件と戯曲を無理に重ねるのは文芸化の焦点をぼかすことにもなりかねない。典型的な愛想づかしのパターンであることを知っておく必要がある。この話で注目すべきは、佐野次郎左衛門。凶刃をふるう狂人となるのだが、彼はれっきとした薪炭扱いの商人である。大江戸と呼ばれて商業圏が北関東地域に拡大し、「下りもの」の上方の商人に代わって台頭してきた「下らないもの」の関東商人、云わば江戸で卑称された田舎者、「むく鳥」の出世頭なのだ。

 

「籠釣瓶花街酔醒」幕開きと共に演じられる八つ橋の花魁道中。虚飾に彩られた八つ橋の素足の爪に薄く引かれた紅のマニキア。うっとり見惚れる佐野次郎左衛門の両手の爪に落としても落ちない黒い炭の跡があることを見逃してはならない。

虚の世界に打ちひしがれる実の悲劇。凄惨な吉原無差別殺人事件はおそらく日本の各所の郭が抱えた悲劇の氷山の一角だった。と、こんなことを話してみたいのだが上手くいくまい。

 

5月にはもう一つBS-NHKでも吉原を取り上げるがその余話はまたの機会。

 

追記

『東京人』5月号(4月1日発売)から、赤坂ゆかりの人物についての連載が始まった。短いものだが、勉強させていただいている。

今月号は、勝海舟について書かせてもらった。「非戦論者」勝海舟と云うところを力説したつもり。勝海舟につては、第60回の本ブログでも田中正造との関連で触れています。

 

2017年4月3日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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