第131回 恐竜展と恵那郡史/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第131回 恐竜展と恵那郡史/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第131回 恐竜展と恵那郡史

2019年8月6日

孫と上野の国立博物館で開催されている恐竜博に出かけた。帰りに恐竜のおもちゃでも買おうかなどと、孫の付き合い程度に考えていたが、展示に大興奮した。孫の相手などと云ったものではない。今は恐竜研究史の中で、「恐竜ルネッサンス」とも呼ぶべき画期的時代だそうだ。肉食恐竜デイノニクスの命名から50年、恐竜が完全に絶滅したのではなく一部は鳥類に進化していたという学説や、恐竜温血説なども生まれている。又、今回は北海道むかわ町で2017年に再発掘され、8割以上の骨が見つかった「むかわ竜」の実物化石と復元された全身骨格も展示されている。

むかわ町は、北海道胆振郡、苫小牧に隣接する町、2018年胆振東部地震では、震度6の地震に見舞われ多くの被害にあった。この化石復元の中心になった穂別博物館にも大きな影響があったはずだ。そんな思いで日本最大全長8メートル、約5トンの恐竜を見上げた。
この町に発掘された首長竜ホベツアラキリュウ、愛称は「ホッピー」と云う。ホッピーと云えば、晩酌のホッピーしか思い出さないが、恐竜マニアの間では大人気のキャラクター「ホッピー」である。
デイノニクスは1億1500万年以上前、むかわ竜は約7200万年のことだ。恐竜は絶滅せず、ここから人間が進化していったと云う説もあるそうだ。何億万年光年の星の輝きのような歩みが自分の前にあったのだ。

博物館は異常なほどの人でごった返していた。昼食も取れない。新宿のラーメン屋で、冷やし中華を食べている間も、人間はなんとちっぽけな存在であるかなどと孫に語って興奮が止まらない。

翌日、紀行文の取材で岐阜。
ケーブルカーを降り岐阜城天守閣を目指して歩いた時には、何と温度計は38,5度。天下一、360度のパノラマ絶景もクラクラかすむ。翌日、うまい鰻の釜めしに力をもらい恵那市・中津川市をまわり帰宅した。この間の紀行文は、10月2日発売予定「明日の友」秋号で、「明智光秀の足跡を 岐阜」(次号予告仮題)として記した。発売後にブログでも紹介したい。

帰宅後、紀行文を書き上げ、関係の資料を本棚に戻していると、ひょっこり忘れてはいませんかと云うような感じで、『恵那郡史』が出てきた。立教大学の研究室を離れる時、地方史はあらかた整理したはずだと思い不思議な気がした。40年以上も前、『下関市史』編纂のお手伝いをした頃、一冊物の市史・町史を集めたことがあったがその一冊であろう。恵那のことは、もう書き終えたこととページをめくるとこれが実に意欲的で見事な地方史なのだ。地方史の出来、不出来は、その地方の文化水準を明確に示す証左だ。

序には冒頭「国家を愛する根底は郷土を愛するに在り、郷土を愛するは郷土を知るに在り」と大正14年の教育会長の言葉がある。この本の執筆の中心は、長島小学校校長加藤護一氏。嘱託を受けたのが大正12年と、緒言にあるから、2年ほどの間に出来たのである。小学校校長の激務を縫っての業績である。恵那の中心岩村は、朝ドラ「半分、青い」のロケ地として人気を集めた。町並みは、重要伝統的保存地区にも選定されている。

その町並みの家の前には、幕末の西郷隆盛・佐久間象山、勝海舟等に影響を与えた儒者佐藤一斎の言葉が軒先の木板に吊るしてある。一斎は、幕末に江戸の昌平黌の筆頭儒者であった。リーダー論などでは今もよく引用される儒者だ。教育がこの町を支えてきたのだ。『恵那郡史』に、大正13年の財政状況を記している。それによれば、予算総額は10年前の約3倍に膨れ上がっている。そして、予算の約4割が教育費に充てられている。この町は、子供から大人まで「心そだて」「人づくり」を推進する町だ。美濃の東部分、東農地区と呼ばれるこの地区は、地歌舞伎が盛んなことでも知られている。文化と教育が一体化していると云ってもいい。大正ロマンの香りを残す町並みもこの町の特徴だ。

ところが・・・、『恵那郡史』には、今度の紀行の取材目的であった、明智光秀のことが一切出ていない。今夏、来年大河ドラマで扱われることもあって、光秀ブームは岐阜全体に広がっている。『恵那郡史』の時代、光秀が、「主殺し」として汚名をきせられていたからであろうか。光秀伝承が、あまりに資料が少なかったからであろうか、いずれにしても、名著、労作『恵那郡史』の光秀の扱いはやや不可解である。歴史の人物評価は、時代の変化によって変わると云うことであろう。
暑すぎたためであろうか。三河の漁師が海上から目印にすると云う「あて山」の恵那山は見ることが出来なかった。歴史の真実も暑さに覆われているような気がしてきた。

 

2019年8月6日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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